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仮住まい
【その他 官能小説】

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女ひとり-1

 警察で話を聞きながら、真野奈緒子はぼんやり思った。
(あたしと似てる……)
ガレージで寝ていた男のことである。
 境遇を重ねて考えたというより、何となく低い雲の下にいるような重たい心境が共感をよんだのかもしれない。
 被害にあったわけでもない。死んでいると思ったから腰が抜けるほどびっくりしたが、警察が来てから見ていると何だか人の良さそうな表情に哀感が滲み出ているようで同情がわいてきた。
 
「あの人、罪になるんですか?できれば許してあげてください」
刑事も事件として扱う気はなかったようで、世間話のように男の身の上を語ったのだった。
「自殺願望でここまで来たわけじゃなさそうだけど、落ち込んではいますな」
自己破産……、離婚……。

「みんなそれぞれ、いろんなことがあるんですね……」
「まあ、犯罪歴や身元を調べて問題なければ明日にでも」
「よろしくお願いします」
言ってから、身内でもないのに可笑しいと思った。


 奈緒子も二年前に離婚している。今年で四十になる。結婚生活十八年、楽しかったことはひとつも浮かばない。きっと少しはあったのだろうけど……。

 夫の両親と同居であった。広い家だったが、同じ屋根の下にいれば気疲れは変わらない。流産してから姑の言葉が直接響くようになった。
「仕事を辞めないからですよ。家庭より仕事が大事なの?」
夫の浮気も、その後妊娠しなかったことも、仕事のせいになった。医者にはストレスではないかと言われたが、どうでもよくなっていた。

(仕事を辞めないでよかった……)
離婚した時、そう思った。いつかこうなると予感があったのかもしれない。
 自分で決断し、振り向かずに出てきたつもりだったが、追われた感は拭えなかった。

 実家に戻って一人暮らしの父の面倒をみながらゆっくり暮らそうと思ったら、兄の反対にあった。
「いまさらなんだ。おやじの面倒は俺がみる」
後から知ったのだが、父は末期の癌で、余命いくばくもなかったのである。奈緒子には知らされていなかった。

 昨年父が亡くなり、兄夫婦が実家に入り込んだ。
「俺は家を継がなくちゃならない。墓も守る義務がある。長男だからな」
財産分与は兄の言うままに了承した。必要な書類を手渡し、引き換えに現金三百万を貰った。実家の土地だけでも数千万の資産価値があるはずだが、奈緒子は何も言わなかった。
法的手段に出れば半分は自分のものになるとは思うが、揉めるのは嫌だった。ただ一つ、
「奥多摩の別荘、私にくれない?」
それだけ言った。兄の目を見据えながら。
 あっさり頷いたのは引け目があったからだろうか。
「そうとう傷んでるだろう。もう住めないんじゃないか」
「いいの。思い出があるから」
「わかった。手続きしよう」
土地の値段なんかほとんどないだろう。だから簡単に応じたのだと思う。それに兄は昔から山には興味がない。

 父が別荘を建てたのは母が亡くなって一周忌がすんだ頃だから二十年前になる。奈緒子が大学の時だ。
「三人で夏休みを過ごそう」
母親を失った悲しみ、そして妻に先立たれた切なさを家族寄り添って乗り切ろうと父は考えたのかもしれない。

 兄は二日いただけで一人家に帰った。表向きは就職活動ということだったが、
「こんな不便なところにいられないよ」
奈緒子には本音を言った。
 それ以来、一度か二度しか兄は行かなかったはずだ。

(もう何年もほったらかしだ……どうなっているだろう……)
しばらくぶりに訪れて『死体』騒動になったのである。


 埃だらけではあったが、冷蔵庫も他の器具も異常はなく、取りあえず数日過ごすことはできそうであった。そのつもりで食材も買ってきていた。週末の休みと有給を二日とってやってきたのである。

 簡単な掃除をしてひと心地つくと真っ暗になっていた。警察に行っていてだいぶ予定が狂ってしまった。

 ワインを飲みながらあの男のことが気になった。
(明日釈放されるらしい……)
思い出して可笑しくなったのは、父親のズボンを穿いた格好を思い出したからだった。短くてつんつるてんだった。
(これからどうするんだろう……)
自分が心配する筋合いではないが、うらぶれた不精髭の横顔が頭に映じて消えない。
 淋しかったのかもしれない。それに、怖かった。
たった一人で別荘に泊まるのは初めてだった。風に揺れる木々のざわめきが忍び寄る何者かの気配を消しているように思えてきて何度も施錠を確認した。
(一人って、こんなに心細いんだ……)

 何時頃警察を出てくるんだろう。
警察に電話して、居合わせた刑事に時間を尋ねた。
「父の服がたくさんあるので、よかったらもらってもらおうかと思いまして」
「奥さんも奇特な方ですな。普通なら気味悪がってしまうところですけどね。こちらで預かりましょうか?」
「いえ、押し付けるみたいだから……」
口実だから持って行くつもりはない。
行けるかどうかわからないけれど、と、時間だけ聞いた。
 電話を切って、鼓動が高鳴っていることに気がついた。
 
 


  

 
 

 


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