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ちちろむし、恋の道行
【歴史物 官能小説】

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その2 ちちろのむしと別れけり-11

 そうこうしているうちに師走の声を聞き、江戸の町は深川八幡宮や浅草観音などの歳の市で大いに賑わう頃 となった。

 瑚琳坊とお鈴は仲よく連れ立って湯島天神の人混みの中を歩いていた。殷賑を極める通りの中で、ひときわ 人だかりの出来ていたのが富くじの前だった。

「この前買った百両富は当たらなかったが、来年の運だめしに一枚買ってみようぜ、今度は千両富を」

瑚琳坊の言葉に、お鈴は渋った。最高の本当たりなら莫大な金が転がり込む千両富だが、そのくじは一枚が金 一分(一両の四分の一)もするのである。

「おまえ様、当たるわけがありません。一分をむざむざ、どぶに捨てるようなものでございます」

「でもなあ、蔦屋が女手習い師匠さんの錦絵をまた刷りたいと、昨日、謝礼を半分、前もって置いていったろ う。その中から一分、使わせてもらえねえかな」

お鈴はなおも渋ったが、このところの瑚琳坊の真面目な働きぶりに免じて、しまいには首を縦に振った。

 くじを買って二人が家路につき、裏通りを歩いていると、一件の町医者の家から難波屋の手代の佐吉が出て くるところに出会った。続いて女が一人出てきたのを見て瑚琳坊とお鈴の顔が強張った。佐吉は、ばつの悪さをごまかそうと妙に声高に話 しかけてきた。

「医者にお嬢さんを看てもらっていたんですよ。おかげで、最近は少しずつよくなってきたんですがね……」

手代の言葉とは裏腹に、お峰の目は虚ろだった。だが、ふと、彼女の視線が瑚琳坊へ向けられると、瞳に何と もいえない色が浮かんだ。恋しさ、切なさ、恨み……。それらの入り混じった瞳だった。瑚琳坊が何も言えずにいると、お峰の目は横に動 き、お鈴をとらえた。

とたんに双眸がカッと見開かれ、

「お……、お……」

お峰の口からしわがれた声が漏れた。眼(まなこ)は激しい怒りに燃えるようだった。が、瞬時に、身も凍る 恐怖に取りつかれたようになった。一転してまた憤怒。転じておののき。目まぐるしく感情が交錯した。そして、口が徐々に大きくなり、 めくれ返った舌の根があからさまに見えた。

「うぎゃあーーーっ!」

耳を聾する叫びが発せられ、次の瞬間、お峰が飛びかかってくるかと思われたが、彼女はもろ手を天に突き上 げ、喉を見せて反り返り、くるりと身体を回してドオッとうつ伏せに倒れた。呆然と見下ろす瑚琳坊。その後ろで身をすくめるお鈴。

「お二人さん。早く立ち去ってくれねえか」お峰を庇うようにしゃがみ込んだ佐吉が苦々しく言った。「今の お嬢さんにとって、あんたたちは毒だ。さ、とっとと行ってくれ」

言葉を返すことも出来ず、二人はその場を立ち去った。



お峰のことが心に 引っかかり、年の瀬の賑わいもどこか色あせて感じられる瑚琳坊とお鈴だった。が、そんな気分を吹き飛ばすようなことがおきた。先日 買った富くじが当たったのだ。それも、最高額の千両が当たってしまったのだ。

「信じられねえっ!!」

自分の頬を自ら何度も叩いていた瑚琳坊だったが、確かに彼は一夜にして大金持ちになったのだ。


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