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ちちろむし、恋の道行
【歴史物 官能小説】

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その2 ちちろのむしと別れけり-12

「お鈴、今年は最後になってからいいことずくめだ。おまえは死なずに人間になるし、おれはこうして千両も の大金をせしめた。もっとも奉納金やら世話人への祝儀、長屋のみんなと手習い子の親への振舞いで、ずいぶん減ったが、それでもまだ七 百両近くある。おまえにも夢のような贅沢をさせてやれるぜ」

瑚琳坊はすっかり有頂天になっていた。

「おまえ様、この際ですから、手習いの教場を、もっと大きく立派なものにしませんか?」

「おう、そうだな。しかしその前に思う存分贅沢をしようぜ。八百善でとびきりの料理を食べ、芝居を一番い い桟敷で観る。何なら貸し切りで観たっていいんだぜ。……おまえには小袖を何百枚と買ってやり、鼈甲の櫛や珊瑚樹の髪飾りも店ごと買 い与えてやらあ。手始めに、ほら、十両やるぞ」

うかれ、舞い上がる瑚琳坊だったが、お鈴は嫌な予感がした。

(せっかく真面目に手習いを教えていたのに……。これでは以前の放蕩無頼に逆戻りしてしまうかも……)

 そして、予感はやがて的中した。にわかに瑚琳坊の取り巻きが増え、そいつらにおだてられての吉原通いが 毎晩続いた。師走も押し詰まってきたというのに、吉原一の花魁のところに数日居続け、手習いはお鈴一人で見るはめになった。

「お鈴ちゃん、瑚琳坊のやつ、すっかりまた、ぐうたらになっちまったねえ」長屋の隣家のおかみさんが井戸 端でしゃがみこみ、一緒に朝餉の後かたづけをしているお鈴に云った。

「いえねえ、あたしも瑚琳坊からたんまりとお裾分けを貰って、おかげでいい年越しが出来そうだよ。だから こんなこと言えた義理じゃないんだけどねえ……。このところのあいつの遊びっぷりときたら尋常じゃないよ。なか(吉原)で一晩に何十 両と使うって話じゃないか。そんなことに使うくらいなら、早いとこ、こんなぼろっちい長屋をおん出て、教場付きの大きなお屋敷でも建 てりゃあいいんだよ」

「それはそうですが……」お鈴はうつむいていた顔を上げると努めて明るく答えた。「今年いっぱいは、あの 人に思いっきり遊んでもらおうと思っています。そのうち女遊びにも飽きるでしょうし、年が改まればあの人も落ち着くことでしょうか ら」

「へえー、人間が出来てるっていうか、お人好しっていうか……。でも、そのうちガツンと云っておやりよ。 あんたもおっつけ、あいつのかみさんになるんだろう?」

お鈴はパッと顔を赤らめ、茶碗と皿を手早く笊に入れると立ち上がった。

「何だか今日はあの人が遊廓から帰ってくるような気がします。私、日本堤のあたりまで迎えにいってみま す」

そそくさと立ち去るお鈴の背中を眺めながら、おかみさんはため息をついた。

「どうしてあんないい娘(こ)が、瑚琳坊なんかとくっついてんだろうねえ。いくら成金とはいえ、根はぐう たらな生臭坊主だよ。……世の中分からないことばかりだねえ」






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