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寝取りの騒ぎ、宵の両国
【歴史物 官能小説】

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寝取りの騒ぎ、宵の両国-11

「よがり狂った末、泥のように眠る前、女はこうつぶやきましたよ。……亭主なんか捨てて、あんたの女になりた いってね」

権造の足が飛び、長兵衛は顎を蹴り上げられ、もんどり打った。

「てめえ、その亭主がどこのどいつかわかってんのかっ?」

長兵衛は土間に仰向けに倒れ込みながら頭をわずかに振った。

「その亭主たぁ、おれのことだ!」

すると長兵衛は顎を押さえながらも顔を上げた。

「それはそれは、ご愁傷様……」

これで権造は完全にぶち切れた。壁に立てかけてあった刺股(さすまた)をつかむと、それで長兵衛をめった打ち にした。二つに大きく枝分かれした鋼(はがね)の先が、這いつくばって逃げまどう長兵衛の尻を斬り裂き、鮮血が番屋の障子に迸った。さら に下手人は頬の肉をそぎ取られ、太股を深々とえぐられた。さすがの長兵衛も尻餅をつき壁に背中を押し当てて恐怖と激痛に顔をひきつらせて いた。そしてついに、長兵衛の頭が刺股でかち割られると思われた瞬間、

「馬鹿者!」

大喝がそれを押しとどめた。知らせを受けて駆けつけた上役同心の声だった。権造は得物を振りかざしたまま固ま り、長兵衛はぐったりと土間にくずおれた。

 まだ裁きを受ける前の罪人、その者への打擲(ちょうちゃく)は岡っ引きの分を越える行為だった。同心はひと しきり権造を叱責すると、平六に長兵衛の手当てを命じた。権造は刺股をぞんざいに放り投げると長兵衛に向けて顎をしゃくった。

「こいつが下手人さ。ふぐりの化け物さ。こいつはどのみち死罪になるだろうが、どうせなら、このおれの手で殺 してやりたかったぜ」

権造の興奮が治まるのを待ち、上役同心は長兵衛捕縛のいきさつを詳しく訊き出した。権造の行き過ぎた暴力も あったが、長兵衛に自分の恋女房を犯されたという事情も斟酌し、下手人の受けた傷は捕縛に手間取ったためのものと、与力には報告すること にした。



 結局、化け物、いや、薬種問屋の長兵衛は市中引き回しの上、獄門と決まった。当初は八丈島に遠島と決まりか けたが、津軽越中守の奥方をも辱(はずかし)めたという事実が罪を重くした。瓦版は大げさな挿し絵入りでこのことを盛んに書き立て、江戸 の町はしばらく、ふぐりの化け物の話で持ちきりになった。だがそれも、ひと月もたたないうちに忘れさられ、長かった騒動はようやく本当の 決着をみたのである。



 さらにひと月が過ぎたある夜、権造は思い切って女房のお咲の布団に潜り込んだ。彼は恐る恐る彼女に挑んだ が、久しぶりの夫婦の愛の営みでもあり、お咲の身体は心底燃え上がった。思いがけない反応に面くらいながらも権造は攻め立てた。

「いいのか? こんな貧相なおれの物でも感じるのか?」

お咲は答えた。

「貧相なんかじゃないわ。やっぱりおまえさんが一番いい。化け物のことなんか一時の迷い。早く忘れたいわ。だ から、おまえさんも忘れてちょうだい。前みたく、あたしを可愛がってちょうだい」


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