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淫魔の夜
【ホラー 官能小説】

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淫魔の夜-12

 
私が衣服を整えてからタチャーナさまはベルを鳴らしてヤニーナを呼びました。そしてヤニーナの先導で私は自分の部屋に戻ったのでございます。
 それから間もなくしてお坊ちゃまが戻って来られました。私は興奮した様子のお坊ちゃまがなんと私の部屋に来た時には大層驚きました。
「良いかい、クララ。僕の部屋では話ができない。クララの言う通りに僕は図書館員のお爺さんに聞いてみたんだよ。そしたら、お爺さんは倉庫の方に案内してくれた。そこには陳列していない本が山ほどあって、特別にこの1冊を僕に貸してくれたんだ」
 そう言ってお坊ちゃまは興奮に震える手で古ぼけた小冊子を取り出した。
「これはキリスト文化が届かないところで見聞きされた人外の図鑑だよ。この本によると悪魔とか鬼というものはキリスト文化によって名づけられたもので、その文化が届かないところでは悪魔に分類されずに知られることもないままだというんだ。そういう存在は何千種類もあってとても書きつくせないが、代表的な物はここに描かれているのさ。ほら、これ」
 お坊ちゃまが開いたページには翼を閉じた鳥の絵が描いてあった。だがよく見るとその翼の羽毛は向きが逆さだった。
「これは逆羽鳥(さかばどり)だよ。羽根が逆に植えつけられているから普通に空を飛べない。無理に前に進んで羽ばたくと羽根が外れてはがれてしまう。だから魔力で空に浮かぶだけなんだけれど糸の切れた風船みたいに頼りない様子だと言うんだ。こいつがすいすい飛べるのは後ろ向きに飛ぶ時だけなのさ。あいつは大きく分類するとこれの仲間なんだ。その中でも……」
 お坊ちゃまがまたページを開くと翼が開いた状態の鳥と閉じた状態の鳥の2通りの絵が描かれておりました。閉じた状態ではさきほどの逆羽鳥と同じく羽根の向きが逆になっていたのでございます。けれども開いた状態では翼がやたらと横に長く、必要以上に折れ曲がりが多かったのです。
「この翼の曲がり角を数えてごらん。一折(いっせつ)、二折(にせつ)、三折(さんせつ)、四折(よんせつ)。ほら四回翼が折り畳まれるだろう。これが四折翼(よんせつよく)なんだ。こいつは先っぽだけ逆羽だから前にも後ろにも飛べる。でもこれは顔がただの鳥だからあいつではない」
 そしてお坊ちゃまは今度は恐ろしい物が描かれたページを開いたのでございます。
「きゃっ、これはなんでございますか」
 そこにはおぞましいものが描かれていました。全身が黒くて丸い球体のような頭。それには胴体も首もなく、いきなり頭から腕と足が生えているのでございます。目は細長く垂れていて鼻は豚の鼻のようで、口は大きく横に裂けていて細かい無数の尖った歯が並んでいるのでございます。
「こいつはトコロシという小さな悪魔だ。小人の悪魔だが女の子に取りついて悪さをするらしい。性別で言うと男の悪魔らしい。だがこいつの顔があいつにとても似てるんだ。だから調べたんだけど、この四折翼(よんせつよく)の説明のところにこう書いてあるんだ。『四折翼は人面の形で現れることが多く、その場合は女の悪魔で精通したての男の子に取り付き、その精を受けてトコロシを生むとされる。その名はミンバペポという』そうなんだ。あいつの名前はミンバペポというんだよ」
 私はトコロシの顔の絵を見つめました。この顔に四折翼(よんせつよく)の体をつけたなら、ミンバペポになるのかと思い、なんとおぞましい形だろうと震え上がりました。
「少し違うよ。鼻は豚鼻じゃなくて穴が2つだけだし、目は垂れていない。口には厚い唇があるけど、こんな鋭い歯は生えていない。それに頭にはチリヂリだけど髪が生えているんだ。でも、あいつに見つめられれば体中鳥肌が立つくらい恐ろしいよ。あいつは僕を見て舌舐めずりするんだ。クララが部屋に来てくれたとき、あいつは僕にキスをしようとしたんだよ。嫌がると胸に爪を立てて脅したんだ」
 それで私は思いついたことをお坊ちゃまに話しました。それは恐ろしいことでとても簡単に口にできることではなかったんですが、言わずにはおられませんでした。
「お坊ちゃま、もうお気づきになっているかと思いますが、お坊ちゃまは悪魔の契約に利用されたのではないでしょうか? ミンバペポが現れたのはお坊ちゃまが7才のときと仰いましたが、その時にこのお屋敷に何か変ったことはありませんでしたか?」


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