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ずぶ濡れのキス
【教師 官能小説】

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門出-1

「なにっ?! ほんまか?」ケネスが大声を出した。

 ――シンプソン家の食卓。

「まだ極秘事項なんだけどね、」真雪が言った。「あたしとケン兄、しゅうちゃんにだけ教えてくれた。鷲尾先生」
「いくつなの? その鷲尾先生って」マユミがケネスのグラスにワインをつぎ足しながら訊いた。
「大学出て、まだ2年だって言ってたから、24……かな?」
「びっくり仰天やな」ケネスはグラスを口に運んだ。
「一番びっくりしてたのは、志賀のおっちゃんだってさ」
「そうやろな。いきなり孫に嫁が来ることになったんやから……」
「鷲尾先生がいきなり工務店を訪ねて、その話を聞いた時、腰抜かしそうになったって」真雪は笑った。

「あれから将太のやつ、人が変わったように勉強してるよ」
「よかったね」マユミが微笑みながら、生野菜にドレッシングを掛けた。
「でもね、将太言ってた。先生に、自分を留年させてくれ、もっと勉強したいから、って頼み込んだらしい」
「へえ!」
「感心だね」
「でもだめだって言われたらしいよ」
「じいちゃんが元気なうちにしっかり修行して、資格取る時、必要な時は職員室に来い、って教頭先生に言われたってさ」

「ほんで、入籍はいつなんや?」
「自分が卒業して、見習いとしておじいちゃんと一緒に働いて、仕事任せてもらえるようになってからだって将太くん言ってた」
「先生は一緒に暮らさないの?」マユミが訊いた。
「将太くんが卒業したら工務店に引っ越すって。でも教師は続けるらしいよ、もちろん」
「そう」

「そやけど、先生の両親、ようOKしてくれはったな」
「それは大変だったらしいよ」
「初めは大反対だったとか」
「無理もないわな……」
「先生自身が説得して、将太も会いに行って、頭下げて……」
「で、入籍を待たせるってことでしぶしぶね」
「それは志賀のおっちゃんの意見だそうだよ」
「やっぱり一人前にならな、預けられんわな、大事な娘やし」ケネスは真雪をちらりと見た。



 次の土曜日。寒いがよく晴れた朝だった。
 『シンチョコ』の開店前の時間に将太と彩友美がやって来た。

「こんにちは」
「将ちゃん! いらっしゃい。よく来たね」マユミが出迎えた。「先生も、ようこそ。さあ、中に」
「失礼します」彩友美は恥じらったように頬を染め、にっこり笑って将太といっしょに店に入った。

「挨拶が遅れちゃって、ごめんなさい」将太がケネスに最敬礼をした。
「こんな忙しい時間にお邪魔してしまって、申し訳ありません」彩友美がそう言いながら細長い紙の手提げ袋を差し出した。「ご主人のお好きなワインとお聞きしまして。チリの赤ワイン」
「おお! それはどうもおおきに、ありがとうございます」ケネスは大喜びでそれを手にした。「まあ、座って下さい、そこに」
 彩友美と将太は促されてテーブルについた。

「ケニーおっちゃん、ありがとう、いろいろ」将太が頭を掻きながら言った。
「大変やぞ、先生と簡単に結婚できる思たら大間違いやぞ」
「わかってる」
「しばらくテスト期間があんねやろ?」
「うん。俺がちゃんと真面目に仕事して、彩友美先生の両親のOKがもらえたら結婚できるんだ」

 将太の目は今までケネスが見たことのない真剣さだった。

「親にはな、我が子に幸せになって欲しい、っちゅう思いがあるんや。将太が先生を幸せにできなんだら、連れ戻されるっちゅうことやで」
「俺にとっても、その方がいい」
「何でや?」
「逃げが許されないから」
「よっしゃ。ええ根性してるやないか、将太」

 マユミがコーヒーカップを三客と、アソートチョコレートを銀の皿に載せて運んできた。
「どうぞ」
「すみません、お母さん。お気遣いなく」彩友美が恐縮したように言った。そして将太を肘で小突いた。「ほら、将太君も」
「あ、ど、どうも」将太はぺこりと頭を下げた。
 ケネスは噴き出した。「わっはっは! こうして見ると、ただの先生と生徒やな」そしてコーヒーカップを手に取った。「私生活でも彼女はまだおまえの先生なんやな、将太」

「健太郎君と真雪さん、それに修平君に、私、随分心配を掛けてしまいました」彩友美が恐縮しながら言った。
「お節介な子らやからな。気にせんといてください。先生」
「あの子たちとケネスさんがいらっしゃらなければ、私たち、今、こうして二人で一緒にいることはできなかったと思います。本当にありがとうございました」
「とんでもない。元々将太の持っとった気持ちを目覚めさせただけですねん。一発殴ってやりましたけどな」

 ケネスは将太を見てウィンクをした。

「俺、あのおっちゃんの一発で目が覚めた。やっと自分を取り戻せた」
「今がゴールやないで、将太。これからが正念場やで。わかっとるな?」
「うん。同じコトじいちゃんにも言われた」
「そうか、さすがやな、おやっさん」

「先生、食べてください。うちのチョコ」
「はい。実は私、大好きなんです、このアソート」
「ほんまに?」
「はい。私も時々買いに来てましたから。ここのチョコレート食べると、とっても幸せな気分になれるんです。」
 彩友美はそう言ってテーブルの真ん中に置かれたチョコレートに手を伸ばした。
「ほたら将太、時々これ、先生に買うてやらなあかんわな」
「うん」
 将太は無邪気な笑顔を作ってケネスを見た。
「ま、今は甘甘やから、必要あれへんやろけどな」ケネスは笑った。
 彩友美と将太は揃って頭を掻いた。


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