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遠い行進
【その他 官能小説】

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その(3)-4

 その日、午後になってミユキがやってきた。
「メロン買ったの」
彼女は赤ん坊の頭を支えるように二つのメロンを差し出した。品種のことはわからないが安価なものであろう。

「見て」
メロンを胸に当てて腰を振った。
「ちょっと大きすぎるな」
「このくらいあったらなあ」
「レモンくらいかな」
「ひどーい。気にしてるのに。もう少しあるわよ」
「小さい方が可愛くて好きだよ」
「ほんと?」

 やがてキッチンで包丁を使う音が聴こえ、何か口ずさんでいた。
戸棚を開ける音や食器の触れ合う音。自分の家のように自由に振る舞うようになっている。風呂も冷蔵庫もふらっと入ったり、開けたり、気持ちのいいほど遠慮がない。
「先生、コーラがない」
「買うの忘れた」
「今度買っておいてよ」
 一度などいつの間にかベッドで寝ていて二時間も寝息を立てていたことがあった。

 居ることが自然であっても、エプロンをしてキッチンに立つミユキを想像すると奇妙にさえ感じる。それよりも、きらきらと飾りをつけた大きな爪切りの方がぴったりしている。きらびやかな芸能人のイメージを重ねているのではない。派手なだけで安物の危うい印象があった。
 歌手の素質とか才能の片鱗はほとんど感じられない。そうかといって、大方の女が行き着く意味の幸福にも縁遠く思われる。だから何でもないことをしている時のミユキは妙に魅力を発散させているように感じる。そういうところに閉じ込めておきたい欲求があるのかもしれない。

 メロンを食べながら、ミユキはいつになく浮かない顔をしていた。これまでも口を開けたままぼんやりしていることはよくあったが、深刻さや憂鬱はまるでなく、その瞳には挫折しようのない自由が流れていた。
 ところが今日は元気がない。訊いてみるとわけがあった。週刊誌の記者に追いかけられたというのだった。
「先生とどういう関係なのかって、しつこいの」
ミユキは食欲がなさそうで、途中でスプーンを置いた。そんな輩は無視して放っておけばいいと言っても、しきりに小首をかしげて溜息をついた。

「あたしが悪いのね。しょっちゅう先生のとこに来てるから」
「そんなことはないさ」
「だって、あたしはいいけど先生が迷惑じゃない」
「気にしないよ。それにぼくは歌を作る立場にいる。歌手が出入りしたって不自然じゃない。それで何か書かれるんなら、向井先生なんかどうしようもないだろう」
「でも……」
ミユキは無理に笑おうとするように表情を歪めた。
「先生はそういう噂がないでしょう?だからなのよ。向井先生じゃ珍しくないもの」

 分かり切っていた。それに、ミユキからそんな類いの話を持ち出してほしくはなかった。悩んだり、他人の心配をしたりしてほしくはなかった。ミユキは自分で自分のその日その日を生きてもらいたい。そんな偶像崇拝めいた想いが、たまらなく起こってくるのだった。

「それはそうと、明日、北海道に行くんだ」
向井の名が出て、仕事のことを口にすると、ミユキはすでに知っていた。
「誰に聞いたの?」
「そりゃあたしだって歌手の端くれだもの、付き合いがあるわ」
「そうだったな……」
メロンは甘味が少なく、むしろ苦みを感じた。
 ミユキがそばに来て私に絡みついてきた。
「食べさせて」
スプーンですくうと、
「口で……」
口移しで果肉がとろりと流れ、そのまま口づけた。
(この子を抱こう……こんど、必ず……)
わずかだが、股間が変化してきた。


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