癒しの眼差し-1
恵子は、四十三歳の主婦である。
子供はいない。
美人で、グラマー、社交的で、男性からも女性からも好かれるタイプであった。
夫は、投資系の会社を経営しており、仕事で産油国に行ったり来たりで、なかなか恵子と過ごす時間を持てなかった。
とは、云っても最近は一緒にいても夜の営みはほとんどなく、身体を持て余して疼いているので、浮気をしてみたいと思うことも無い訳では無いが、知性が邪魔をして浮気はなかなか出来なかった。
夫の出張中、家の書斎にある書類を夫の会社に届けなくてはならないことがあった。
綺麗に身繕いをして、夫の会社に届け物をした後、会社の入っているビルを出ようとした時に、ビルのオーナーに呼び止められた。
「奥さん、今日はお使いものですか?」
「あら、ご無沙汰致しております。会社に届け物をした所だったんですよ。」
「今日は、御主人は?」
「相変わらず、ヨーロッパに出張でして・・・。」
「そうですか・・・。もし、お昼がまだでしたら、御一緒に如何ですか?」
「あらぁ〜、喜んで・・・。」
ビルのオーナーの壮一は、五十三歳で独身。結婚をしたことがない。
親、兄弟の面倒は見ているが、自分は一人の方が楽・・・という主義で、掃除も洗濯も料理もそれなりにこなしてしまうので、一人で不自由が無い。
「何を食べましょうか? 奥さんのお好きなもので、けっこうですよ。」
「今日は、何でもいけます! 」
「そうですか、それでは、イタリアンでも・・・・。」
と、いうことで、小春日和の正午前、ビルの近くにある静かなリストランテでランチと相成った。
食前酒のスプマンテで始まる、イタリアンのランチは、恵子にとっては、久しぶりの楽しいひと時であった。
壮一の穏やかな話し方と、見ていると吸い込まれそうな澄んで優しい瞳は、恵子を不思議に気持ちの良い、癒されるような感覚にさせた。
何故か、胸の先が疼いてくる感触もあった。
何を話すという訳でも無いが、話が弾み、あっという間に二時間ほど、過ぎてしまった。
「今日は急にお誘いして、お付き合い頂き、楽しい時間をありがとうございました。」
「こちらこそ、久しぶりに楽しい時間でした。」
「また、機会がありましたら、御一緒しましょう!」
「ええ、是非ともお願い致します・・・・。
あの〜、オーナー、もう少しお話をさせて頂きたいのですが、お時間ございませんこと?」
「そうですか・・・。
今日はこの後は特に予定はありません。
お嫌でなければ、当方の家にいらっしゃいませんか?
ゆっくりお話できますよ。」
「そんな、突然ではご迷惑では、ありませんこと?」
「大事な店子の奥方には、変なことは致しませんよ。どうぞ、ご遠慮なく・・・。」
「それでは、お言葉に甘えて・・・。」
恵子は、壮一の「変なことはしませんよ。」という言葉に安堵感とちょっと残念な気持ちも覚えた。
なぜ、気持ちを抑え切れずに、壮一にこのようなことを云ってしまったのか?
恵子にとって、壮一の目を見て話していることが経験した事のない癒しと気持ち良さを感じさせてくれたから?
身体の細やかな疼きの感触をもう少し感じていたかったからなのであろうか?
しかし、壮一に変な期待をさせていないか?・・・という不安感も少しはあった。
夫の会社の入っているビルから、徒歩で十分くらいの所に壮一の住んでいるマンションがあった。
都心にある超高級マンションである。
「ひょっとして、このマンションもオーナーのものなんですか?」
「まさか、私はここの一戸を持っているだけですよ。ビルなんて、一つあれば十分ですよ!」
と云って、オートロックの操作板に鍵を差し込んでゲートのドアを開けた。
エレベーターに乗り込み、二階を押す。
「私、高い所が苦手なんです。」
「え〜っ、あんな高層ビルをお持ちじゃないですか?」
「はい、でも私の居場所は無いんですよ・・・。」
「そうなんですかぁ?」