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蔵の嗚咽
【近親相姦 官能小説】

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第三章-4

 タエと交わったのはその一度きりである。次の夜も私は彼女を求めて部屋に忍んでいった。
「タエ、エロしたい」
タエは身を縮めて首を横に振った。
「怒られる……怒られる……」
聞き取れないほどの小さな声で繰り返した。
「エロしよう。気持ちいいだろう?」
「怖い……」
私の顔を見ない。

 昨夜と打って変った態度はどうしたことだろう。怒られる、とは、伯母なのか、伯父なのか。しかし私には問い詰めることが出来なかった。タエの様子がおかしかったからである。目に焦点がなかった。きょろきょろと落着きがなく、私と視線を合わせようとしない。
「怒られないよ。内緒でするんだ」
「いや、いや……」
「じゃ、オッパイしゃぶってやる」
肩を抱くと震えて小刻みに首を振った。口からは涎が垂れていた。私は背筋に冷たさを感じて息を呑んだ。

 タエと一つになった夜半過ぎのこと、私はトイレでまたあの『声』を聞いた。押し殺した、苦しそうな、そして悲しそうな声を……。
(タエ……)ではない。部屋の前を通った時、たしかに彼女のいびきが聞こえていた。
 耳を澄ますと声は小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。伯母の顔が浮かんだ。
(似ていた……)と思う。待っていれば蔵から出てくるだろうと思ったが、知ることが怖くなって部屋に戻ってしまった。


 タエが荒川の淵に飛び込んだのはその年の暮れ、底冷えのする夜のことである。少し知恵遅れの娘が死んだ。それだけなら近所の話題となってもさして長引くこともなかっただろう。だが、タエの実家と伯父たちの間に亀裂が生じ、世間の目と口も針のように両家に降り注いだようである。

 タエは妊娠していたのである。両親の声をひそめた話は私の耳の奥にひんやりと沁み込んできた。
「司法解剖したんですって?」
「ああいう子だからな。自殺とは断定できないっていうことらしい」
とりあえず父だけが秩父に行って来たのだった。
「義姉さん、わからなかったのかしら」
「もともとぽっちゃりしてたからな」
「何か月だったの?」
「五か月くらいらしい」
「それじゃ目立たないわね。本人に自覚はあったのかしら」
隣の部屋の会話はときおり小さくなって聞こえなくなったりした。

「誰の子かしら……」
父は返事をしない。
「まさか、義兄さん……」
「ばかな……」
言葉が途切れて。またぼそぼそと話し出した。
「でも、向こうではそんなことを言ってるらしい。警察にも訊かれたみたいだし、町でも噂になって兄貴も立場が立場だからな……」
真夜中に蔵に忍び入る伯父の姿が浮かんだ。

 タエのふくよかな体が甦ってきて、胸が詰まって苦しくなった。不思議なことに脳裏に現われた彼女は全裸で股を開いた姿ではなく、もっと小さい頃、一緒に風呂に入った時のタエだった。
(タエ……)
愛しさが募って目頭が熱くなった。

 悲劇は続いた。翌年の夏、伯父が首を吊ったのである。蔵の中だった。
 私は葬儀に行かなかった。
「なんで行かないの?お前が一番世話になったのに」
母は咎めるように言ったが、父は何も言わなかった。おそらく悲惨な最期だったからだと思う。不可解などろどろとした死は、きっと誰もが口を噤み、暗い葬儀になる。悲しみだけで見送れるとは思えない。

 私はその時、あの家に行くのが怖かったのだ。伯父がなぜ自ら命を絶ったのかということよりも、ある一つのことに思い当って、そのことが頭から離れなかったのである。
 忽然と浮かんできたこと。
(もしかしたら、タエの子供は私の……)
まだ知識は乏しい。それでもそう考えたとたん、怖くなったのだった。
(自分の子供がタエの胎内に宿り、彼女は自殺した……そして伯父も……)
漠然として実感がないのに、耳元で誰かの吐息が触れてくるような気がした。

 それからおよそ五年間、私は秩父へ行くことはなかった。
「伯母さんがお前に会いたがってたぞ。たまには泊まりにいってやれよ。一人で淋しいんだ」
 何度か父に言われたが、高校生になっていた私は、以前ほど野山や川など自然に対する興味も薄らいできていた。それに、あの伯母は……。

 その頃私は、タエが死んだのは伯母のせいだと思うようになっていた。伯母がタエを追い詰めた。もっとやさしくしてあげていればあんなことにはならなかった。伯父との口論も絡み、伯母に対してかすかな恨みの感情まで抱いていた。
 一方で自己保身の意識があることも自覚していた。タエとセックスをして、ひょっとするとあの夜に妊娠したのかもしれないという心の重荷を捨て去りたくて伯母に責任を転嫁している後ろめたさもあった。
 性の知識も日に日に増え、もし伯父がタエと関係していたとしてもきっと避妊するはずだと思った。だとしたら、やはり……。
 タエはそのために死んだのかもしれない。私はその呵責から逃れようとしていた。


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