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蒼い日差し
【その他 官能小説】

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蒼い日差し-4

(2)


 その日は新庄へ出て、陸羽西線に乗り換えて酒田まで行き、さらに秋田。途中、酒田で昼食をとったが、どこにも寄らず、それだけで夕方だった。
「列車の本数が少ないし、各駅だから時間はかかったよ」
でも、彼女と話しているだけで十分楽しかった。

「こんなに乗ったの初めて」
お尻が痛くなったと言いながら、彼女も嬉しそうだった。
「景色がいろいろ変わって、それだけで浮き浮きしてくるわ」
最上川沿いの絶景には声を上げてはしゃいでいた。
「仕事で方々に行くでしょう?」
「ええ。でも撮影に追われて、どこもほとんど憶えていないわ」
愛らしい笑顔は天使のようだと思った。その一方、矛盾ともいえる欲望がはっきりと頭をもたげていた。
(天使を犯したい……)
自分の鼓動が聴こえるほどの劣情を感じて苦しかった。

 その夜は秋田駅に隣接するホテルに泊まった。むろん部屋は別だ。
食事はホテルのレストランか、酒を飲みながら外でもいいかと考えていたのだが、彼女の希望でルームサービスを頼むことになった。実は駅前を歩いていた時に何人か彼女を振り返った目があったのだ。人が多いところはやはり危ない。
「会社には言ってないの。でも、オフだから自由なんだけど……」
「大きな駅にはいろんな人がいるからね」
 俺にとっては願ったり叶ったりである。二人きりで部屋で過ごせるんだから。

 自分一人なら絶対に泊まることのない高級ホテルである。
「彼女が自分で電話したんだ。費用は持つからって。一人なのにダブルの部屋」
広々として気持ちがいいからいつもダブルなんだそうだ。

 食事をしながらワインを空けた。彼女もけっこう飲んで、グラスワインを追加した。
目の前で微笑むN・Y。まるで映画のシーンに自分が入り込んだような錯覚に陥った。ときおり頭の中が霞んだような感覚になって、彼女の姿がファインダーをのぞいているみたいに小さく見えたりした。現実とは思えない心の現われだったのかもしれない。

 彼女は足がふらつくほど酔った。一人では危ないので部屋まで付き添っていった。ドアの前でよろめいて手を貸そうとした時である。彼女の方から俺の腕に絡みついてきた。
「N・Yとだぜ。体に触れたんだ。そして……」
「そして?」
「キスしてきた……」
「え?……」
 彼女の腕が俺の首に巻きついて、唇が押し付けられたのだ。
「ほんの一瞬だ」
その感触といったら、何ともたとえようがない。俺が抱きしめようと背中に手を回した時には軽く胸を押された。
「ありがとう。お休みなさい……」
拒絶する冷たさはなかったが、静かにドアは閉められた。

 彼女の行動をどう受け取ったらいいのだろう。
(口づけをしたのだ……)
しかも彼女から……。挨拶と受け流せるものではない。頭が冴えてきて、体が熱くなった。
 ベッドに仰向けになると鼓動が高鳴ってくる。下半身の脈動が伝わってくる。広いベッドに彼女の寝姿を置いてみた。枕を股に挟むと快感がマグマのように膨れ上がった。

 つぎの日の彼女はさらに明るくなって、ときには周囲を憚るのも忘れ、こちらが気を遣うほど無防備な振る舞いをみせたりした。
「今日はどこに行くのかしら?楽しみだなあ」
人通りの多い駅へ続くコンコースにもかかわらず、声を抑えることもせずに声高に言った。
「角館と田沢湖をまわろうかと思ってるんだ」
「そこ、行きたかったの。まだ行ったことないの」
いきなり俺の腕を取って子供のように飛び跳ねた。行きかう視線を浴びてさすがに顔を伏せたが、列車に乗るまで俺たちは寄り添っていた。

 俺は彼女の真意を計りかねていた。昨夜のキスといい、この日の行動といい、旅先で偶然知り合った男にすることではない。からかっているのか?とも思ってみたが、素性は知られているのだ。そんなことをして何の意味があるだろう。むしろ世間に知られたらマイナスイメージになる。だからといって、
「N・Yが俺に好意を寄せているなんてあり得ないだろう?」
「まあ、それはそうだが……。たしかに不可解な行動だな」
「うむ……」
諸岡は煙草を咥えたまま一点を見つめていた。
「だが、俺に対して警戒心がまるでなかったのもたしかなことだった……」

 その後、ますます接近してきて俺の意識も高まっていった。錯覚も伴っていた。異次元の存在ともいえる女優N・Yと恋に落ちる……。そんな夢物語なことが現実感をもって胸に膨らんできたのである。
 田沢湖を歩いた時はどちらからともなく手を繋ぎ合っていたし、オートシャッターで写真を撮った時など、彼女の腕は俺の腰に回り、こちらも自然と肩を抱く形になった。
「そんな写真、問題だろう」
「そうだな。ファンと撮る写真ではないな」
それなのに彼女にためらいは全くなかった。

 角館からいったん秋田に戻り、男鹿半島まで足を伸ばしてそこで宿をとった。小さな古い旅館である。
「部屋は隣。とはいっても襖一枚しかないんだ」
諸岡は少し目を剥いて言った。私は頷いてから、訊いた。
「彼女はあてもなく旅に出たのかな」
「俺もそれが気になっていた」
気晴らしにとは言っていたが、知名度抜群の女優が無計画にぶらりと列車に乗るものだろうか。女一人で……。
 俺は二日後には帰京しなければならなかった。車の教習所の入校式が三日後に控えていたのだ。それは当初からの予定だったのだが、思いがけない彼女との出会いと触れ合いに別れ難い気持ちが募って俺の気持ちは感傷的になっていた。


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