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栗花晩景
【その他 官能小説】

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山河独歩-5

 申し合わせたわけではないが自宅を行き来することはしなかった。電話も私から出掛ける日を連絡する。車で迎えに行くと大きなバッグを持って嬉々として乗り込んでくる。着替えのほかに料理の食材が入っているのだ。可愛いと思う。最も長く滞在したのは二週間ほどで、食事の支度だけでなく洗濯もしてくれて、夫婦になったような想いに浸ったものだ。

 会えば肌を合わせたが、交わらないこともあって、それでも心は満たされていた。求め会うというより確かめ合う気持ちが深くなっていく気がしていた。布団は二組敷いても一つの布団で体を寄せた。

 私の体は甦った。往年の雄々しさとは比較すべくもないが、いうなればやさしさを『味わう』ような気持ちが強かった。
 老境の蜜月。ドライブしたり、散歩する時には手をつないで歩いた。私の腕枕で昼寝をする彼女の顔を飽かず見つめていたこともある。そんな時、
(時間がゆったり流れている……)
やすらぎが音もなく舞うように訪れた。
そんな生活が続いた。ずっと続くと思われた。

 ある時、気持ちの変化に気づいた。若い女への興味が芽生え始めたのである。由美子の温もりの中で平穏な充足感を感じていたはずなのに、ふと躍動する瑞々しい素肌が目にとまると息苦しいほど胸がしめつけられるようになった。まだ十代とおぼしき娘に惹かれ、無意識にしばらく後を付けていてはっとしたこともあった。恵子が後始末をした事務員の顔が浮かんだ。
(性懲りもなく……)
 思いながら、未成年への淫行で中年男が逮捕された記事を読むと、被害者のことよりも、いい思いをしたんだろうなと想像を巡らせる始末だった。
 いずれ燃え尽きる性に対する執着が哀しい残り火となって煽っているのだろうか。もう取り戻す術のない若さへの嫉妬なのか。……由美子を抱きながら辺りを見回す私がいた。

 そんな私の心の歪みを感じ取ったわけではないだろうが、由美子も変わった。激変といっていい。ゆったりと感じ合うセックスが、何が刺激となったのか、セックスが執拗になったのである。長い間潜み続けていた女の性がぬっと顔を出し、さらに脱皮したかのように激しく求めるようになった。
 達したあとでもまだ熱い体をこすりつけて私を貪ってきた。
事後のうずくまったペニスをまじまじと眺め、そのまま口にすることもあった。
「ねえ、もう一度」
時にはまどろみの中で気がつくと吸い立てていたこともある。
「だめだよ……」
「眠ってて。どうなるか、見たい」
舌が絡み、扱きも加わる。なおかつ袋まで揉み始め、そうなると完全でないまでも勃ち上がってくる。
「何もしないでいいから」
息を弾ませて挿入すると信じられない短時間で昇り詰めた。そして抜き去ると今度は両手で扱き上げた。
「出るかな、出るかな」
射精を見届けるまで止めなかった。

 若い頃なら私も夢中になって応じただろう。
次兄夫婦の性生活が淡泊だったことは以前由美子の問わず語りで知った。あの時、彼女は私によって未体験ゾーンを覗き見た。なりふり構わぬ錯乱の世界に身を預ける快楽を知った。それは私も同じである。妊娠がなければ抜き差しならない深みにはまっていたかもしれない。
 諦めていた子供が出来たことで今度は彼女の母性が『女』を封印した。その後の由美子は二度の逢瀬が嘘のように、妻になり、美加の母親になった。

 そのまま朽ちていくことにも煩悶はなかったのかもしれない。むしろ老いることは自然の成り行きと受け止めていたのかもしれない。初めて真壁に来た時も私に対して偏った意識はなかったはずだ。それが接してみて自分に『女』がまだ息づいていることを知る。覚醒した彼女は時空を遡って生々しい性欲にしがみつくようになった。喪った若さに向かって逆流するように……。

 私は由美子によって回春し、彼女に潤いをもたらした。そして心を癒す新たな性を愉しみ始めたはずだった。だが由美子は私を押し流す勢いを持ってしまった。
 彼女を迎えに行くことが徐々に少なくなっていった。
(疎ましい……)
真壁に行けば、また……。
 気力も機能も若い頃のようにとめどなく持続するものではない。
彼女の場合は長年の抑制が反動となっているのか、会うごとに活発になっていく。ある時期からは上になることが多くなり、目を剥いて私を見下ろし、私が果てる瞬間を真っ赤に顔を火照らせて見つめた。それが昂奮するのだという。

 孤独な世界にこもりがちだった二人が惹き合った。彼女は沸き立つ想いを私という支えに掴まって叫んでいるだけなのだ。それはわかっている。導いたのは私自身でもある。だが、エクスタシーに揺れる彼女の陶然とした顔を見るのは重かった。

 先日、ふと自分の精液の臭いを嗅いで不可解な思いにとらわれた。ほとんど無臭だったのである。あの栗の花に似たむせるような臭いが希薄だ。……由美子に搾り出されたせいだろうか。
 医学的なことはわからない。考えた末、性機能の生物的終末を意味するのではないかと思った。勢いも衰え、液量も減った。射精時の快感も鈍くなっている。こうしてやがてセックスへの興味も薄らいで、いずれ老境に入っていくのだろう。
 突進してくる由美子を受けきれない。そう感じるのはそんな心境と彼女との溝だったように思う。 



 


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