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栗花晩景
【その他 官能小説】

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山河独歩-3

 真壁で過ごす日は特に決まっていない。ぶらりと来て十日以上居続けることもあれば、急な用事ができて一日で帰ることもある。
 住民票を移していないので様々な案内、連絡はマンションに届く。その確認や処理は煩わしいと思うこともあるが、反面、常に旅行気分がともなう新鮮味もある。そしてふたたび真壁へ向かう車には由美子が同乗していた。

 彼女が初めて真壁にやって来たのは息子と姪の美加に連れられてのことだ。

「母が毎日家の中でテレビばかり観てるの。叔父さん、ちょっと外に連れ出してあげて」
互いの住まいは近いのに行き来することはなかった。息子も一緒になって、
「お父さんもたまには話し相手がいたほうが気晴らしになるんじゃないの?」
そう言って夕方には由美子をおいて帰ってしまった。

「突然に来て、ご迷惑でしょう?」
私は笑って歓迎を表した。
「実は退屈してたんですよ」

 息子も美加も何かを意図して引き合わせたのではないだろう。独り身になった初老の親を気遣ったにすぎないと思う。もちろん、男と女として私たちを捉えることもなかったにちがいない。あくまでも自分たちの伯母、叔父であり、私たちは義理の姉弟であった。
「伯母さんは筑波山に行ったことがないんだって。車で案内してあげたら?」
 どちらかといえば社交的でない私たちがこのまま老けこんでいくのを心配したところもあっただろうか。

「古くて汚いでしょう」
「母方の実家が岐阜の山奥でね。こんな感じの家だったわ。だから懐かしい」
 息子たちを見送って、由美子がいることで久しぶりに人の温かさを感じた。
由美子は家の周りを一周したり、使われていないカマドを楽しそうに眺めたりした。
「これは使えないの?」
「使えるんだろうけど、薪を焚いたり面倒だし、それに火事が心配だから」
レンジと風呂はプロパンガスにしている。
「義姉さん、今夜は何か出前でもとろう」
「いつもそうなんでしょ。あたしが作るわ」
「せっかく来たんだから、ゆっくりしてほしいよ」
栗色に染めた髪はきっと白いものが目立つのだろうが、還暦を過ぎた齢には見えない。妙な縁だなと思った。

 夕食を済ませ、由美子が風呂に入っている間に布団を敷いておこうとして迷った。囲炉裏のある居間の他に六畳と八畳の座敷がある。自分はいつも六畳に寝ている。
(お客さんだから……)
部屋を別にする。常識とすればそうなのだが、考えた末、八畳に二つ並べて敷いた。息子一家が一泊しただけで誰一人泊まったことがない。人恋しさもあったかもしれない。由美子なら嫌がるまい。思い出話でもしながら楽しく過ごそうと軽い気持ちであった。
 恵子が死んでから、私の男としての機能はほとんど停止していた。その気がまったくないのではなく、何度か自慰をしたこともあったが、快感より虚しさのほうが強く後を引き、徐々に興味が薄れていった。ここ一年ほどはひっそりとひそむように変化すら稀になっていた。したがってこの時も彼女を女として意識してはいなかった。義姉として、それより旧知の友人のようにとらえていた気がする。それはおそらく由美子も同じだったと思う。


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