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やわらかな光り
【その他 官能小説】

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やわらかな光り-7

(7)


「わりと落ち着いてるじゃない。こういう所にしては」
玲子は部屋を見回してから私を振り返ってベッドに腰かけた。
「断っておくけど、今日、無理よ。アレなの。残念だけど」
不自然な作り笑いに見えた。
「そう……。ほんとに残念だな……」
「でも、ペッティングならいいわよ」
そんな用語を彼女の口から聞くのは初めてだった。何だか哀しい想いが広がって、どこからか愛を伴わない情欲が立ち昇ってきた。思いがけない心の変化である。
(何で素直になれないんだ……)
その苛立ちは、彼女に対してでもあり、自身に向けられた感情でもあったように思う。
「シャワー浴びてくる」
浴室に向かいながら、彼女は帰ってしまうかもしれないと思った。

 玲子はそのままの位置でテレビを観ていた。気配で振り向き、慌てて顔を逸らした。私はタオル姿の裸だった。
 その狼狽ぶり、頬の強張り。その様子を見て重いものを感じた。
(互いに引き寄せ合う温かみのないまま、いいのだろうか……)
こんなことをして彼女を失うかもしれない。自分の信念とは何だったのだろうか。

「愛してる……」
肩を抱き、頬に口づけした。
「いつもこういうやり方なの?」
声が掠れている。
「いつもじゃない。君にわかってもらうためだ」
胸に手を当てると手首を掴まれて、無言の攻防が続いた。
「どう思っているのか知らないけど、私、一通りのことは知ってるのよ」
「何を?」
「フェラチオだって知ってるわ」
語尾が消え入るようであった。
「だったら、してくれよ」
横顔のこめかみが神経質に動く。

(玲子……)
きつく閉じられた口もとの強張りを見ているうちに突然かっとなった私は力づくで押し倒した。
「何するの。今日はだめって言ったじゃない」
(それは嘘だ)
確信があった。
「ペッティングならいいんだろう」
「こんなやり方……」
「これだって確かなことだろう。曖昧じゃない」
もう止められなかった。

「いや!怒るわよ」
「怒ってもいい。君との証しが欲しいんだ。行為が確かなことなんだろう?他に何がある」
男の力で組み敷いた。
「責任はとる」

刹那のようなひとときだった。顔を歪めた玲子の目尻から一筋涙が流れた。

 体を離しても玲子は目を閉じたまま身動きしなかった。わずかに開いた口から息遣いの音が洩れていた。
 力が抜けていくのを感じながら、ふと、充足感がないことに思い当たった。何かが抜け落ちている感覚があって不安定さが不快に心に渦巻いている。戸惑いに被われていた。

 彼女に何と言葉をかければいいのか。だが、
(言葉がない……)
愛しているから半ば強引に奪ったのだ。彼女だってその気がまったくなければ拒絶の道はあっただろう。それなのに、結ばれたあとの虚しさはどうしたことだろう。
 もしや、と頭を掠めたのは肉欲しか求めていない自分であった。
(そんなはずはない……)
真剣に将来結婚まで見据えているのだ。だから、抱いた。
(将来って何だ?)
いつのことだと問われれば答えに窮する。そうなれば『結婚』も根拠が希薄になる。

 言葉ばかりが先走っているのではないか。真の感情が伴っていないのではないか。理屈をこねまわしているのは玲子ではなく自分のほうなのだろうか?絵空事を現実として思い描き、夢想の風に乗せていい気になっている……。
(そんなばかな……)

 私は取り残されたような孤独感を感じていた。なぜだかわからない。愛があるから求めるのだと信念を持ちながら、怒りがあっても相手が応じていなくても行為が可能だと思うと何だか惨めになった。

 感じるままに、心の赴くままに、男女の関係はそうあるべき一面もあろう。だが、人の想いは無常である。どのように変わっていくかわからない。それでも変わらないのは『男の行為』。玲子はそう言いたかったのだろうか。縛られた形で、決められた方向を向いて結ばれることが不安だったのか。
(しかし……)
そんな醒めた思念を持ちうるものだろうか。……

 一か月ほどして玲子を呼び出した。間が空いたのは気まずさが尾を引いていたからでもあるが、彼女の存在が色褪せて感じ始めていたのも事実である。

 喫茶店で向き合って、息苦しい空気の中、私は何本も煙草を喫い、玲子はコーヒーと水に口をつけることを繰り返した。

「体の具合、だいじょうぶ?」
ようやく口を開いた私の言葉は萎れた感じがした。
「具合って、どういう意味?」
「いや……」
合わせた目は冷ややかだった。
「妊娠したか心配だったの?」
図星だったので答えられなかった。
「安心して」
「そう……」
「結果はそれだけなのね」
「結果?」
「行為の結果……」
「それは、ちがう……」
「違わないわ。ほっとしたんでしょ」
「まだ結婚には早いから気になったんだ」
「だいじょうぶよ。何度でもいいわよ」
玲子の目は潤んでいた。
「そんな言い方。……万一のことを考えただけだ」
「万一はないのよ」
「?……」
「万一はないの」
「ないって?」
「子宮がないんだから……」
目を潤ませながら私を見つめた彼女の頬は奇妙な笑いに歪んだ。
 悪性の腫瘍のため摘出したのだと言った。高校二年の時だった。
「高校……」
「この先だって、どうなるか、わからない。結婚もできないのよ……」
私はその時どんな顔をしていたのだろう。
 その日が二人の別れになった。


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