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特に、何も……
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特に、何も……-7

「前からのお知り合いなんですか?」
彼女が帰ってから中野さんは黙々とご飯を食べている。
「いや、二か月くらい前からかな。偶然公園で知り合って」
「それにしては親しい感じですね」
「ああいう人なんだよ。ずけずけものを言うし、よく言えばきさくなんだな」
「関西の人だからですかね」
「それが違うらしい。東京生まれだって。五年くらい大阪に住んでて身についちゃったらしいよ。よく聞いてると変なところがあるね」
私にはわからない。
「でも、返事もしないうちに入ってくるなんて非常識ですよ」
中野さんは、うんうんと頷いて、
「今日は理恵さんがいるからアレだけど、ふだんはカギかけてるから」
「よく来るんですか?」
「まあ、近くだから」
「毎日?」
「毎日ってことはないけど……」
どうやらけっこう頻繁に訪れているようだ。私と会ったのは初めてだから平日にやってくるのだろう。

 どうも様子がおかしい。マイペースで女性遍歴を語る中野さんではない。落ち着きがなく、私と目を合わせないように見える。
「こんなこと言っちゃ悪いですけど、あんまりよく知らない人を家に入れないほうがいいですよ」
「うん。わかった、気をつけるよ」
もぐもぐとから揚げを食べながら顔はずっと伏せている。

(変だな……)
反応が何だか鈍い感じ。
(どういう付き合いなんだろう)
「お友達ですか?」
「ともだち……。まあ、そうだね……」
佐野佳代子といい、今年還暦という。一人暮らしのようだが、仕事をしているのかどうかわからない。
「こっちから訊くことでもないから……」

 風体が変わっているので近所での評判はよくない。目立つ格好で付近をうろうろしているので人の目をひく。頭がおかしいとか、ヤクザの女だったとか、あらぬ噂もあるという。
「ええ!怖いですよ」
「噂だよ。話してみればわかるよ。そんな人じゃない」

 私の気持ちは不思議な揺れ方をしていた。一人ぼっちの中野さんが誰かと交流をもつことはいいことなのに、複雑な想いが心に芽生えた。よかったですね、と素直に言えない自分に戸惑っていた。

「あの人、買い物とかしてくれるんですか?」
「うん。ついでの時にたまにね」
「ふーん。掃除とかは?」
「うん……たまにね」
「お風呂の掃除も?」
「たまに……」
「なんですか。たまにたまにって、しょっちゅう来てるんでしょ?」
どうも最近あまり汚れていないと思っていた。

 気がつくと私は腹を立てていた。あの人の言葉……。
『そんなんだったら、あたしがしてあげるし。もったいないわ』
(もったいないなんて、どういうこと?)
頭にくる。

「中野さん。日曜日も佐野さんにお願いしたらどうですか?私なんかよりいろいろ気がつくと思いますよ。経験も豊富でしょうから」
中野さんは困り果てたようにうなだれてから悲しそうな目を見せた。
「なるべく付き合わないようにするよ。だからそんなこと言わないでよ……」
そして、少し言い淀んでから、吐息混じりに言った。
「ぼくはね、誤解を覚悟で言うけど、理恵さんが好きなんだ。だから、他の人とはちがうんだ。そんなこと言わないでよ」
深刻な顔して言うので、私は言葉に詰まってしまった。同時に体に火照りを感じて顔が熱くなった。
 私は俯いたまま、
「お弁当、まだ途中だったわね。食べましょう。冷めちゃったかな……」
笑って見せたけど、とてもぎこちない感じだった。


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