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特に、何も……
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特に、何も……-2

 私は短大の福祉科を出て、ずっと今の通所介護施設に勤めている。もう八年になる。あっという間に過ぎてしまった。ヘルパー1級と相談員の資格を持っているけど、現場でやることに1級も2級もないし、ベテランの相談員がいるので契約などの実務もほとんど経験がない。仕事の内容はパートのヘルパーと変わりはない。そのことに不満はないけど、毎日同じことの繰り返しで、しかも一日、一週間、一か月がとても速くて時々焦ってしまう。

 夏でも温かめに沸かして風呂にあったまるのが好きだ。
裸になって山盛りの洗濯物の上に下着をのせる。
(明日は絶対洗わなきゃ。そして掃除も……)

 勤め始めて一年くらいした頃、(何かやろう)と意気込んだものだ。その気持ちは今でも変わらない。一日延ばしになっているだけだ。
 日課として自分に課したことがいくつかあった。
『ペン習字毎日二十分』
字がきれいになりたい。一月から一年計画で始めたものだ。はじめは毛筆と思ったけど、あんまり使うことはないなと考えてボールペンにした。
『ピアノ』もそうだ。思い切って小さな電子ピアノを買った。子供の頃、挫折して満足に弾ける曲がない。
(絶対一曲ものにする……)
そう誓ったのだが。……
 半年後に申し込んだのは『英会話』のセット。開けただけで一度も使っていない。聞き流しているだけで身につくというものだ。

(やらないと、もったいない……)
でも、忙しいんだ……。
 気力が満ちてこない。仕事から帰ってすぐ寝ちゃうし、食事が終わったら何だかぐったりして……。朝の方が頭が活発に働くらしい。早起きできたらいいんだけど。

 湯船にゆったり浸かると全身から疲れが抜けていく感じがする。温もりはひととき頭を軽くしてくれる。
(気持ちいい……)

 自己啓発の本って、書いた人は実践したのだろうかと疑問に思うことがある。だって、読んだってやる気が続かないんだから。

 ネットで買い物をすることが多い。時間がないわけじゃない。わざわざ店まで行って、煩わしいやり取りをしなくて済む。目的の物が決まっている場合ならそれがいい。言葉は交わさないけど、ちゃんと品物は届くから私の存在はあるのだ。

(彼氏が欲しい……)
そうしたらもっと充実した毎日になるかも……。

 湯船から出て、さらにぬるいシャワーを浴びてからあがる。
体を拭いて素っ裸で化粧台の鏡の前に立ってみる。
(容姿は、並み……)
いや、客観的にみて、少し以下かもしれない。利用者さんからぽっちゃりって言われたことがあるけど、それって太ってる意味に近いから、いくら認知の入った人でも内心がっかりした。

 この歳まで男性と交際したことがない。女子高、女子大だからそんな出会いがなかった。でも、結婚している同級生だってたくさんいるから、つまり、モテナカッタ。
(ブスってことよね……)
「ちがう!」
(清き処女よ!)
須田理恵、二十八歳。
唇だってまだ他人の唾液を知らない。守ってるんだ。女の操。そんな歌が懐メロにあったような。……

「誰か付き合ってる人いるの?」
訊かれたら、ほんとに沈んだ顔を作って、
「いない歴、三年よ。誰か紹介して」
ぐすんと鼻を鳴らして泣き真似して笑ってしまう。
 三年というのには理由がある。親密に三年間付き合った友達はいないのだ。高校は長野の小諸。その時の友人とは帰省した時以外会ってない。短大の同期とは卒業後、年に二回くらい飲み会で会う。職場の仲間は学生時代のことは知らない。つまり、みんなブツ切りの付き合いだから、『いない歴三年』は誰にも疑われない安全期間なのである。信じてくれているかはわからない。
(誰か言い寄ってきたら……みんなあげちゃうのに……)
もったいないと我ながら思う。
 オッパイを揉んで、エロチックに体をくねらせ、歌手の振り付けみたいに挑発のポーズをとって、どうみてもスタイルの悪さにすぐやめた。



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