その(4)-3
初冬の風は首筋をひんやりと吹き抜けてゆく。
地下道を出て、西口に回ろうかと立ち止まって、
(帰ろう……)
もう十一時を過ぎていた。
池袋駅に向かって歩き出した。
地下道は四回往復した。駅のコンコースは何度往き来しただろう。いつかカナが立っていたデパートの入口に目を向けながら、足をゆるめずに歩いた。
彼女を捜しに来たのに以前のような執着はない。会えなくてもいいと思っている。見つかったとしても連れ戻すかどうか、はっきりした思いはない。それなのに、捜している。
カナがいなくなってしばらくして、山野は自分を見つめるようになった。孤独な夜が彼の思考を鏡のように映し出した。
カナを『人』として考えたことがあっただろうかと思うようになったのである。
自分の『女』にする、『女』を目覚めさせる、肉感的な『女』を作る。その一方で少女の初々しさを望み、秘毛を剃って幼さを愛でた。……
自分のしてきたことは何だったのか。『女』である前に彼女を人間として認めていたのか。
愛している……と思っていた。好きだった。愛しかった。抱けば錯乱するほど昂奮した。だが、それはいったい愛と呼べるものだったのか。金で女を買ったってひととき抱くことではないか。
性的愛撫を『愛』と勘違いしていた。……もしそうだとしたらカナとは心からの融合はできるはずはない。
それでも彼女の肉体を抱いて結合したのは紛れもない事実であり、彼の体が覚えている。心理的理屈に整合しなくても、矛盾があったとしても哀しい性欲は独り歩きする。それが性ならば、愛の証しなどあるのだろうか。……
(カナがいる……)
日が経つにつれ、部屋の中でふと感じることがある。幻影ではない。暮らしていた時の気配や臭いの記憶から彷彿としてくる感覚であった。部屋ですれ違った空気の動き、温もりや仕草までもが甦ってくる。
(カナ……)
両腕を大きく広げて空間を抱くと彼女の体形や感触が伝わってくる。カナの全身の手ごたえを彼も全身で憶えている。
大量の下着と写真は生体をも感じさせるものだった。とりわけ写真は静止画でありながら、その時々の表情と動きがはっきりと脳裏で動画となった。
失った……。カナという実体を失った。愛という曖昧な心も喪った。寂しさと後悔が疼くものの気持ちの動きは停滞したままであった。
年が明け、春が巡り、桜の開花予想が賑わしくなった頃、改札口を出た山野は佇む女の微笑みを受けて立ち止まった。背筋に戦慄が走った。
(カナ!……)
足が動かない。
(何をしている?……)
カナは笑みを湛えたままゆっくりと近づいてきた。ふっくらした頬、落ち着いた眼差し。少女の面影はない。そして膨れた腹を摩っている。
「お帰りなさい」
「カナ……」
「待っていたのよ」
「どうして……」
「赤ちゃんが出来たのよ。オトウサン……」
「……」
「いっしょに育てましょうね」
山野は頭の中で何かがぷつんと切れた気がした。