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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -一紺ガ女--4

「女の気持ちも分からないお前なんか、信用出来ない!」
一紺は竜胆に、呆れたような口調で言った。
「…お前、少し頭冷やして来たらええのと違うか?」
「な…ッ」
その言葉に傷付いた表情を浮かべる竜胆であったが、すぐに喧嘩腰にこう返す。
「ご忠告ありがとう…そう言うなら、そうしてやるよ。此処はお前ひとりが寝たらいい。私は、出て行く」
黙ってそれを聞く一紺に、竜胆は更に言った。
「それより、お前こそ頭を冷やして来た方がいいんじゃないか?」
「…ご忠告痛み入るわ!お前も、どこでも行ったらええ!」
かっとなって、一紺は吐き捨てた。そして乱暴に部屋の扉を開けて出て行く。
普通、今の会話からすれば出て行くのは竜胆の方なのだが。
頭に血が上っている今の二人は、そんなことなど気が付きはしない。
残された形となった竜胆は、じわりと瞳に涙を浮かべて呟いた。
「…馬鹿」
言い過ぎだ。あんなことを言うつもりではなかったのだ。
しかし、そう分かっていても、どうしようも出来なかった。
ただ後悔の念だけが竜胆に残されていた。

「一紺」
宿屋を出たところで、名を呼ばれその方を見れば、そこには撫子の姿があった。
派手な色の髪と、派手な柄の着物。
薄暗いこの辺りだからこそ、その姿は目立っていた。
「…えへへ、つけてたんだ」
彼等の宿屋のことだろう。隠すことなく、撫子は言った。
一紺は溜息混じりに言う。
「悪いけど、俺、今気分悪いねん」
「女?女でしょ、原因は」
問う撫子を、睨み付けるように見やる。
彼女は笑って言った。
「あは、当たりぃ〜」
無邪気な撫子。
ふざけた様子で彼女は一紺の腕に自分の腕を絡ませた。
「こうしてると、昔みたいだよねぇ」
「…」
「だんまりじゃつまんないよ、もっと喋ってよ」
一紺は、絡んだ撫子の腕を取った。
「…そんな気分には、なれんのや…」
「…あのさ、一紺」
沈んだ面を暫し見つめ、撫子は言う。
「あたしを抱いて」
単刀直入なその言葉に、一紺は驚いたように彼女を見つめる。
少しだけ照れた様子で、彼女は舌を出して言った。
「本気で嫌ならいいの。でも…あたしは本気で一紺に抱かれたい」
彼女はそっと背伸びして、一紺の唇を奪う。
そのまま軽く舌を挿し入れて、撫子は彼の舌と己の舌とを絡ませた。
「一晩だけで、いいよ」
彼女の言葉に、一紺は頷いた。
それが竜胆を裏切ると心の中では分かっていたが、先のこともあってか罪悪感はさほど感じなかった。
ただ彼女の言うままに、一紺は従った。

一方で竜胆は、泣き腫らした眼を擦って大きく息を吐いた。
気付けば辺りは既に暗い。
今頃一紺は何をやっているのだろう。
思うと、何故か切なくなった。
(これが『好き』だと言うことなのか)
己の抱いている感情、嫉妬と焦燥。それが全て一紺のせいだと、竜胆は感じる。
自嘲気味に口の端に笑みを浮かべて、竜胆は息をつく。
「何だか…淋しい」
ぽつりと呟いた。
こんな時こそ、彼のぬくもりが欲しかった。
抱かれている間は、不安や焦燥は全て忘れられる。
彼の触れていた自分の身体。胸に手を這わせ、竜胆は顔を赤くした。
(こうでもしなきゃ、押し潰されそうになるんだ…不安に)
誰に対する弁解か。


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