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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -一紺ガ女--3

「まさか、撫子に会うとは思わんかったわ…」
撫子と知り合ったのは、一紺が十六の時であった。
一紺より一つだけ年下の彼女は、見た目通りの軽い女であった。
気に入った男とはすぐにでも寝て、遊び女とも思われていたようだったが、話し方も、生き方も、あけすけとしていて付き合い易いと一紺は感じていた。
そんな彼女が一紺に一目惚れしたと言うのがきっかけで、二人は付き合い始める。
十五の時に女を知った一紺は、彼女と付き合ってすぐに身体を重ねた。
年齢に似合わない豊満な身体と巧みな性技。
実は竜胆に『過去に関係を持った女はどれくらいか』と訊かれた時、真っ先に浮かんだのが彼女であった。
今まで――と言っても、竜胆と知り合う前の話だが――様々な女と寝ては来たが、それほどまで、一紺としては彼女の印象が強かったのだ。
だから、そんな話題が出ている時に彼女とばったり会ったことは、一紺にとってひどく驚いたことだったのである。
勿論、竜胆の手前そこまで驚いたりはしなかったが。

「でもな、撫子とはもう全然関係ない。昔のことや」
宿を取り、その一室で一紺は竜胆に言った。
「あっちは、そんなこともないようだけどな」
「それは…」
一紺が撫子と別れたのは、彼が旅に出ると決心したからだ。
彼は撫子が自分もついて行くと言い出すかと思ったが、彼女はただ彼の旅立ちを見送っただけだった。
一言くらい「行かないで」の言葉も欲しかったのに、それさえもなかった。
少しだけ傷付いたのを一紺は覚えている。
「きっと本気やない。ただ…面白半分なんや」
一紺は言った。
彼女のことだから、単に昔の男を珍しがっているだけなのだろう、と。
「…どうしてそう言うんだ?」
竜胆は言った。
「どうして、面白半分だなんて言えるんだ?」
「竜胆?」
「本気かもしれないのに、本気でお前のことを愛してるかもしれないのに、どうしてそう思うんだ」
竜胆は言う。
まるで撫子の肩を持つような言い方に、一紺は困惑した。

「お前だって…」
竜胆は静かに続けた。
彼女自身も、困惑した表情を浮かべる。
「…一紺は、はっきりとあの女との縁を切ろうとはしなかったじゃないか」
「…何を、阿呆なこと…」
「じゃあ、どうしてだ?どうして、何も言わないんだ!『お前とは関係ない』ってどうして言わない?あの女が、私のことを『今の女』かと訊いた時にもお前は何も答えなかった!」
竜胆の声が、高くなる。
「お前はどうして、何も言ってくれなかったんだ!?」
「…あいつと久しぶり会うて、驚いたからや。まさかこんなところでなんて思ってもみんかったからな」
微かに苛立ったような声色で、一紺は答えた。
「驚きのあまりに声も出なかった?それほどまでに彼女と会えて嬉しかった?」
竜胆の声が少しだけ低くなった。
論点がずれているのに竜胆は気付かない。おそらく撫子と一紺の縁りが戻ってしまうのが不安なせいで、話をそちらへ繋げたくなるのだろう。
気が動転していた。
一紺もそこは「違う」の一言で済ませばいいものを、彼女の言葉に眉根を寄せて言ってしまう。
「嬉しかったて…何言うてんねん。撫子は昔の女や、今は関係ない。お前、俺を信用出来へんのか?」
「出来ない」
竜胆は顔を歪めながら言った。


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