投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

【ミステリー その他小説】

声の最初へ 声 6 声 8 声の最後へ

和尚の遺品-1

 ちびちびと酒を飲みながらテレビを見、新聞を眺め、時には村の者が届けてくれる雑誌を読むのが和尚の一番の楽しみであった。元々、全くと言っていいほど物に執着をしなかった和尚の遺品といっても、めぼしい物はほとんど無かった。そんな和尚の僅かに残された遺品といえばたった一棹の経や文書のつまった行李だけであった。

 四十九日も済み、和尚が残した行李の中を整理しているとき其れは見つかった。

 まるで隠されていたかのように、おびただしい経本の下から、風呂敷に包まれ、さらに幾重にも麻紐でくくられた新聞や週刊誌の束がでてきた。日付を見ると二人がこの寺に転がり込んで来た頃からのものばかりである。そして更にそれらの一番下には黄ばんだノートが一冊隠されていた。

 和尚の死に顔の中にあった思い残したものの正体がそのノートに書き綴られていた。。

 男がその全てを読み終えたときゲンの鳴き声が聞こえてきた。裏の畑の手入れをしていた幸が帰ってきたのだ。男は何事もなかったかのように行李の中身を元に戻し、それを押入の中に押し込んだ。そして仏壇の扉を開け和尚の位牌に手を合わせた。



 穏やかな日々が流れ、濃密な夜が過ぎていく。ゲンもいつの間にか立派な若犬となり、やがて年老いた。瞬く間に和尚の七回忌はやって来た。男が封印していたものの封を切る日が訪れたのだ。

其れは男と幸との別れの日でもあった。

 村人が去り法事の済んだ寺の本堂はがらんと寂しく、もの悲しくもあった。もう間もなく冬を迎えようとしている山の木々は葉を落とし、北から吹き付ける風がこの古い山寺をきしませる。本堂の縁の下ではすっかり年老いたゲンが体を丸め寒さから身を守っていた。先ほどまで法事の後(あと)方付けをしていた幸の仕事が一段落したのを見計らい、幸を伴い和尚が寝起きしていた庫裏へと向かった。背中で大きな音を立て山の木々が鳴いた。

 男は押入の中から和尚の柳行李を引き出し、その中から風呂敷に包まれた一抱えほどのある固まりを取り出した。幾重にも回された麻縄を解きその新聞や雑誌の束を。そしてあの黄ばんだノートを幸の前に広げ終わると静かに幸に話しかけた

 「幸、いや恵子さん、もうしゃべってもいいんだよ」

 男のその一言で幸、いや恵子は全てを悟ったようである。長い時間じっと目の前に広げられた紙の固まりに目を落としていたかと思うと一気に大粒の涙を流し、そして紙の上に突っ伏した。そこから聞こえてくる嗚咽は男が出会いから今日までの十五年の間、ついぞ聞くことの無かった初めての声である。そしてそれはあまりにも悲痛で物悲しいものであった。


声の最初へ 声 6 声 8 声の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前