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【ミステリー その他小説】

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雪の日の出会い-1

 大家の舌打ちを後ろに聞きながら、何年も手入れをしていない生け垣の外にでた。もう家賃の催促に言い訳をする必要も無く、取り立ての電話にびくつくこともないという気楽さが男の足を軽くさせていた。

 男の横をけたたましいサイレンを響かせてパトカーが通りすぎていく。その後ろを救急車が追いかけていった。男の視界から消えるのとほぼ同時に、二台のサイレンの音が途絶えた。

 二台の車が向かった先はすぐ近くのようである。サイレンの音が消えた方へ向かうともなく男は歩いて行った。何が起こったかという興味からではなく、ただ少しでも早くこの家から立ち去りたかったのだ。

 見慣れた公園の入り口に先ほど男の脇をすり抜けていった二台の車が止まっている。警官と救急車の隊員達がいくつか並んでいる段ボールハウスのその中の一つをせわしなく、それも交互にのぞき込んでいた。

 程なく、その中の一つからぼろ切れの固まりとしか見えない物を引っぱり出してきた。
それはかろうじて人と見受けられる年齢(とし)も定かでは無い、既に息絶えた女の骸であった。幸いまだ周囲には人だかりも少なく、男のところからは警官と救急隊員の動きが全て見て取れ、その話し声もはっきりと聞き取れた。 

「どうやらこの寒さでの凍死のようですな」

「ああ、夕べは随分と冷え込んだからな。それにこの痩せ様じゃ何か病気があったかもしれんて。外傷も見あたらないし事件になるようなことは無いよ」

 年輩の警官が若い警官と救急隊員になにやら指示しながら、この女の亡骸(なきがら)を担架に乗せ救急車に押し込んだ。若い警官は段ボールハウスの中に半身をつっこみ、この女の持ち物であろうがらくたとしか見えない物を引っぱり出し、全てをパトカーのトランクに放り込んだ。



 男には今しがた救急車に乗せられた女に見覚えがあった。めっきりと仕事が減り、何をするということもなく時間を持て余し、いつも時間をつぶしていた公園で、みるともなしに見かけていた段ボールハウスの女だった。

この女は一年ほど前の夏の終わり頃からここに住みついていたが、そのやせ細った体は男に痛々しい思いを抱かせていた。

 男は何かを探すかのように周りを見渡した。

 確かこの段ボールハウスにはもう一人女がいたはずである。半年ほど前からもう一人、今、救急車に乗せられた女とは別の女が一緒に暮らしていたのを男は知っていた。だが周りにその女の姿が見あたらない。いつも寄り添うように一緒にいたはずの女が、今見あたらないことが男には不思議でもあった。ただこの同居者の女のことを警官に告げ、面倒に巻き込まれる気はさらさらなく、男は逃げるようにこの場を立ち去った。




 男が駅に着いたのは冬の早い夕暮れが訪れる頃であった。 しばらくの間、駅の待合室でこれから向かう場所を時刻表の中に探していたが、そこには向かう場所などどこにも見あたらなかった。いや、あてなど最初から何処にも無かったのだ。

 小さなため息をつき、待合所を出て駅前の植え込みの縁に男は腰を降ろした。自分には向かう場所さえない、そして迎えてくれる場所さえないことが、男から歩き出そうとする力さえ奪ってしまっていた。

 男の肩に降り出した雪が少しずつ、又少しずつと絶望という白い塊を作りだしていく。

 のろのろと立ち上がり、雪と寒さからこの身を守ってくれるように思えた駅舎の暗がりに足を運めた時、その暗がりの奥に黒い固まりがあることに気がついた。



 暗闇に慣れてきた男のその目に、ぼんやりと人の姿が浮かんできた。そしてそれが昼間見た、あの死んでいた段ボールハウスの女の同居人の女であることに気がつくのにさほど時間はかからなかった。

 周りには女から放たれた耐え難い臭気が立ちこめていた。それがあのダンボールハウスの女の証であった。

「あんた、こんなところにいたのか。あんたの連れはさっき救急車で運ばれていったけど、死んだんじゃないのか?」 

 男の問いかけに、女は怯えたような表情を浮かべ、僅かに頷いた。

 どうやら女は同居人の死を知って段ボールハウスから立ち去ったようである。この女も自分の居場所をなくし、さまよっていたのだ。

 居場所のない男と女がすえた臭いのする暗闇の底で出会った。


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