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庭屋の憂鬱
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病室にてー寛太の見舞い-1

 事故を起こした赤い車の運転手は、免許取立ての十九歳の女子大生であった。中央線ぎりぎりを走っていた対向線のトラックに気を取られ慌ててハンドルを切ったところに陸がいた。

 親に付き添われて見舞いにやって来た女子大生はこれ以上は無いというくらい小さくなって頭を下げた。

「娘がこんな事をしでかして、本当に申し訳ありませんでした。娘の我儘につい負けてしまって車を買い与えた私の責任です。保障の方はきちんとさせていただきますので何でもおっしゃって下さい」

 二人は何度も頭を下げて帰って行った。こんな場に桔梗姉がいなくて良かったと陸は本気で思った。もしこの場に桔梗が居れば、相手がどれだけ謝ったとしても決して無事には済まなかった筈である。

 案の定、夕方見舞いに来た桔梗はその話を聞いて、

「陸、お前こんな目に合わされてなんで文句言わなかったんだ。私がいたら娘っこの首へし折ってやったのに」

 居てくれなくて良かったと陸は心底思った。

 椿姉が横から口を挟んだ。

「陸、竜さん達の事だけど、陸が仕事出来る様になる迄、桔梗の所で預かってもらう事にしたけど、いいだろう。幸い壮介園の方も忙しくって快く預かるって言ってくれた」

 良いも何も有難い話である。当面の仕事が無かっただけにその話は渡りに船でもあった。これで何の心配も無く治療に専念できる。これで陸の憂鬱が一つだけ減った。



「えらい目にあったな。でもなんだな、治療費も補償も相手方の保険で全部カタがついたようで良かったな」

 見舞いにやって来た寛太が人事(ひとごと)のように言った。元請の自分に火の粉が飛んでこなくてホッとしたというのが本音なのだろう。

「これ少ないが見舞いだ。取っといてくれ」

 そう言いながら寛太は下手な字で「お見舞い」と書かれた社名入りの茶封筒を差し出した。

 お見舞いならば熨斗袋なのだろうが、それさえ惜しむのが寛太なのである。

「悪いな、迷惑掛けた上にお見舞いまでもらって」

「なーに、大して入っちゃいないさ」

 茶封筒の厚みからして本当に大して入ってはいないようである。

 寛太が茶封筒の中から三枚の一万円札と ”一金五万円”と書かれた領収書を引っ張り出した。

 陸がいぶかしげな顔をしているのを見ると、

「会社の社長と言っても嫁が経理部長をやっていると何かとやりにくくてさ。面倒だろうが受け取りの印鑑押してくれないか。あーそうか、未だ手が使えなかったな。じゃ俺が押すから印鑑だけ貸してくれ」

 印鑑はサイドボードの中に入っている。陸がそれを告げると、寛太は勝手に引き出しを開け印鑑を取り出した。

 どうやら寛太は見舞金から二万円をネコババするつもりのようである。

「やれやれ」
 
 陸が呆れていると、

「陸、五万円の領収書渡すならちゃんと五万円貰いな」

 いつの間に病室に入って来ていたのか、二人のやり取りを聞いていた紅葉が突然声を掛けた。

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして寛太が振り返った。

「せこい真似するじゃないか、寛太。ネコババした二万円で車に待たしているおねえちゃんと旨いものでも食おうって魂胆かい?」



 どうやら紅葉は駐車場からずっと寛太の後をつけて来たようである。

「なんだ、紅葉さんじゃないか。随分と久しぶりだな。それにしてもネコババだなんて人聞きの悪い」

 内心の動揺を必死に押し殺し平静を装って寛太が応えた。

「会社からは五万持ち出したんだろう。何なら会社に電話して確かめてみようか」

 四人の姉達の中では一番の美人であるが、その実一番性格がきつい事を、そして実際やりかねない事を寛太も知っていた。

「そんな無茶な」

「無茶なものか、もたもたしていると駐車場の車の中で待たしている美人の彼女に嫌われるよ」

 寛太が何も言えないでいる。

「それとももう一度この熱いお湯で股座(またぐら)にぶら下がっているかわいい青唐辛子を赤唐辛子にしてやろうか」

 紅葉が脇のポットに手を伸ばしかけた時、

 {ひえー}

 寛太が声にならない声を出した。大慌てに片手で股間を押さえ、もう片方の手をポケットに突っ込み中から二万円を引っ張り出して陸に押し付けるように差し出だし、領収書をわしづかみし、逃げるように病室から飛び出して行った。

「相変わらずせこい奴」

 紅葉は笑いを押し堪えながら言った。

「それにしても青唐辛子、赤唐辛子って何の事だよ?」

 陸が尋ねても紅葉は笑うばかりで何も答えてはくれなかった。


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