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庭屋の憂鬱
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寛太と紅葉-1

 笑いながら紅葉は十年前の事を思い出していた。

 国交省のキャリア官僚として働いていた紅葉が休暇で実家である涼風園に戻って来ていた時の事である。前夜、遅くまで旧友と飲み明かした紅葉は昼頃起き出し目覚めのシャワーを浴びていた。父の海や職人たちは皆が仕事で出払い、事務を手伝っている長女の椿も銀行に出かけて春風園にいるのは紅葉だけの筈であった。

 日頃の激務から開放され昨日はちょっと飲み過ぎた様である。二日酔いで火照った体にぬるめのシャワーが心地良かった。

 紅葉の他誰もいない筈の涼風園の裏口の戸が開き、誰かが入って来た。

 この裏口は職人達の控え室の出入り口にもなっている。今紅葉がシャワーを浴びている浴室は裏口の直ぐ脇にあった。家にはシャワーの音だけが響き渡っていた。

 裏口から入ってきたのは寛太であった。現場で失敗(へま)をやらかし、親方の海からこっぴどく叱られ、ふてくされて涼風園に戻ってきたのだ。そんな寛太の耳に誰かがシャワーを浴びている音が聞こえた。

 こんな時間シャワーを浴びているのは昨日東京から帰って来ている紅葉である事を寛太は知っている。四人の中で一番の美人である紅葉を寛太は密かに慕っていた。勿論紅葉からは鼻にも引っ掛けてもらえなかったのだが。
 寛太は浴室の前の脱衣室のドアをそっと開けてみた。そこには脱ぎ捨てられた紅葉のパジャマや下着が散らばっていた。浴室を隔てる曇りガラスの扉にはシャワーを浴びている紅葉のシルエットが悩ましく映っている。

 寛太はそっと脱衣室に入り込んだ。元々気の小さい男である。普段そんな事の出来る男ではないのであるが、親方の海に叱られて落ち込んだ気持ちを紛らわせるために、近所の酒屋で買ったコップ酒を煽り気が高ぶっていた。

 今、誰もいないこの家で密かに想いを寄せていた紅葉がたった一人でシャワーを浴びている。目の前には紅葉の脱ぎ捨てた下着が・・・。



「今しかない」

 そう思ったのかどうかは知らないが、着ている物を全て脱ぎ捨て、真っ裸になり曇りガラスの扉に手を掛けた。

 突然浴室の扉が開いた。

 誰かが脱衣室に入ってくる気配を紅葉はとっくに感じていた。いつも身近にいる家族の気配ではなかった。明るい浴室からは見えないがガラス戸の向こうで誰かが服を脱いでいる。紅葉はシャワーの温度調節のレバーを握り、誰かが浴室に入ってくるのを身構えて待っていた。

 激しい音を立ててドアが開き全裸の男が飛び込んで来た。寛太である。

 紅葉はコックを全開にし、シャワーノズルを寛太に向ける。噴出した熱湯が寛太の股間を直撃した。縮こまっていた青唐辛子が見る見るうちに赤唐辛子に姿を変えた。

 {ギャー}

 声にならない叫び声を上げ、寛太は股間を握り締めて浴室から逃げ出した。真っ裸であった。

 その日からぷっつりと寛太の姿が涼風園から消えた。

 この事を紅葉は誰にも喋ってはいない。

{ドジ勘は親方に叱られて逃げ出した}

 涼風園の誰もが未だにそう思っている。

 その時の事を思い出すと紅葉は笑いを堪える事が出来なかった。そんな紅葉を陸は不思議そうに眺めていた。


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