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憲銀の恋
【純愛 恋愛小説】

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年の差-1

 憲銀の部屋で過ごす事が多くなった。市街地の外れにある自分の部屋より市街地の真ん中にある憲銀の部屋から仕事に向かうほうが余程楽である。それに何より、家事が全く不得手な憲銀は私が自分の部屋に帰る事を嫌がった。私が自分の部屋に帰るのは着替えを取りに帰るか、たまった郵便物を取りに帰るぐらいになっていた。

 私の存在を憲銀が周囲に隠す事もなくなっていた。それは今私が仕事を得、住まいを持っている一般的な社会人であるということも無関係ではない。しかし、日本語学校のクラスメート達には父親ほどの年の差のある私との関係を隠している節があった。

 三十三歳になった憲銀と五十三歳のわたしとの年齢差は二十歳もある。無理も無い事であった。

 
いつか憲銀に聞いたことがある

「憲銀は何故若い男とつきあわないんだ?それに中国語が自由に話せる中国人のほうが余程いいだろうに」

「わたし、若者だめね。わがままで優しくない。それに若者お金ない。日本にいる中国人の若者、もとお金ない。私、学費と仕送りある。お金要るね」

 きわめて現実的な返事が返ってきた。それに若いときから父親に頼って生きてきた憲銀にとっては、父親と同じくらいの年齢である私との暮らしは余程落ち着くらしい。

「若者、毎日セックス、セックス。私無理ね。トーミン老人だから毎日セックス欲しがらない。私気持ち楽よ」

 憲銀は私を老人と呼ぶが未だ五十三歳である。体の欲も男としての機能もさほど衰えてはいない。憲銀が許すなら毎晩でも憲銀を抱きたいと思っている。しかし憲銀がセックスをさほど欲しがらないことも判っているし、私自身、性欲に負ける程若くは無い。何より憲銀とひとつ部屋で暮らす事の幸福感が勝っていた。



 髪を切ることが生きがいの憲銀にとって、美容室でのアルバイトを失った今、髪を切りたいという衝動を抑えてくれるのが私の頭である。毎晩でも私の髪を切り、髭をそりたがった。おかげで私の髪はこれ以上短くなりようが無いほど短く刈り込まれ、顔には髭の痕跡すら見当たらない。

「トーミン、髪伸びるの遅い。やぱり老人ね」

 無茶な話である。どんな若者であろうと毎日刈れるほど髪が伸びるものか。ただ毎日当ててくれるカミソリが心地よかった。

 アルバイトを失った憲銀にとって、収入と髪を切りたいという衝動を解消してくれるのが日本語学校のクラスメートの中国人達の髪を切ることであった。アルバイトというからには無論無料ではない。格安店の更に半額程度の値段で髪を切っていた。憲銀は日本での理容士資格は持っていない。早い話がモグリの散髪屋さんである。モグリといえども憲銀は中国ではれっきとした散髪屋、小遣いの乏しい中国人のクラスメートにとっても憲銀の存在はありがたいものであったようだ。

 私の仕事が終わる頃、憲銀からメールが入る。

「今日、クラスメートの髪切る。八時まで帰てきたらダメ」

 そのメールが入ると八時までは家に帰る事ができない。未だ寒い公園のベンチで暖かいコーヒー缶を抱え時間をつぶす。ただひたすら寒さを堪え八時がくるのを待つ。ただその後が大変なのだ。

 憲銀の仕事場はアパートの玄関の板の間である。八時を待って玄関を開けると玄関のいたるところに切られた髪が散乱している。当の憲銀はというと布団にひっくり返って横になっている。

「わたしつかれたね。トーミン片付ける」

 私とて仕事に疲れ、寒さで体がガチガチである。

「自分で片付けろ」

 そういいたいのをグッと堪え、ほうきと掃除機で大掃除である。それが終わると炊事、洗濯と息のつく暇も無い。

「わたし、奥さんの仕事全然ダメ。トーミンそれでもいいか?」

 うっかり「いいよ」と言った結果である。憲銀にそれをさせたところで更にひどい事になることは何度も経験していた。

 元々家庭的な男ではなかった私がそれを嫌だとは思わなかったのは、憲銀との暮らしが楽しかったせいなのだろう。不思議とそれが楽しかった。

「トーミンと一緒、わたし楽ね」

 ぬけぬけとそういう憲銀がちょっと憎らしくもあったが。


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