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憲銀の恋
【純愛 恋愛小説】

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センターで再び-1

 憲銀との別れが私に踏ん切りをつけてくれた。自己破産を招いた自分を恥じ、全てに背を向けホームレスの群れに紛れ込んでいた自分に決別(わかれ)を告げることにしたしたのだ。

 幸いな事にピンハネ屋から放り込まれていた派遣先の会社の責任者が私を気に入り、直接雇用を申し出てくれた。会社が保証人となり住まいも確保する事ができた。建築解体という危険極まりない仕事ではあったが、それなりの収入が全くピンハネされる事無く自分の懐に入って来た。又、毎日の激しい労働が憲銀のことを忘れさせてくれた。

 憲銀に別れを告げたあの晩から五ヶ月、正月五日ともなると街は仕事始めを迎えようとする慌しさにざわめいていた。私の仕事も後二日もすれば再開する。今では生活も落ち着き、一般人のそれとなっていた。正月をのんびりと楽しみ、久しぶりに町に出た。

 いつの間にかセンターの前に居た。憲銀に別れを告げ、図書館の階段下から這い出して以来、決して近づかなかった場所である。無意識の内、いつの間にかここに居た。すっかりと景色が違って見えた。あの頃、すきっ腹を抱えてこのあたりをノラ犬のようにうろついていた事が夢のようである。

 懐かしくともあまり思い出したくは無い場所である。この場所を立ち去ろうと振り向いたとき、そこに憲銀がいた。ゴールデンウィークの最中、この場所の人ごみの中で小さく見えたあの憲銀がそっくりそのままそこに居た。



 デジャヴ・・・

 そうとしかいえないような姿で憲銀がいた。去年の五月、心細そうな顔をした憲銀がそこに居たように、今、又憲銀が居る。五ヶ月もの間一度でさえここには来なかった。憲銀もまさか私に会いたいためにここを訪れたわけではあるまい。

 たまたま私がここに足を向けたと同様に、憲銀もまたここを偶然に通りかかっただけなのであろう。そうであってもあまりに信じられない再会であった。

「トーミン・・・」

 そう言ったきり憲銀の口からは次の言葉が出ない。私も又同様であった。

 この五ヶ月の間、忘れようと思っても忘れる事のできなかった憲銀が目の前に居る。私はただ黙って憲銀を見つめるだけであった。

 沈黙に耐え切れず憲銀が口を開いた。

「トーミン、怒てないか?」

 私は憲銀の裏切りに怒って憲銀から去ったわけではなかった。何一つ誇れる物のない自分の惨めさに押しつぶされて身を引いたのだ。今憲銀を目の前にして、ただ懐かしさしかなかった。

「怒ってなんかいるもんか。憲銀は元気にしていたのか?」

 私の問いに憲銀は寂しく首を横に振った。

「わたし、今一人。トーミン裏切たバツね。元気ない」

 あの日以来、憲銀はあの男と幸せに暮らしていると勝手に思い込んでいた。しかしそうではなかったようである。

 冬の夕暮れは寒い。私達はいつの間にか凍えるような冷気の中に居た。

「ここは寒い、暖かいところに行こう。お腹すいていないか?」

「お腹大丈夫。またカラオケ行かないか」

 憲銀はカラオケで歌う事が大好きであった。去年の春、憲銀に請われて何度かカラオケに連れて行った。夜の弱い憲銀がその時だけは朝まで歌い続けていた。

「ああ、いいよ」

 私達は二人で何度か行ったことのあるカラオケ店に向かった。



 カラオケルームに入ってからというもの、憲銀は一人歌い続けていた。私自身、自分が歌う事はほとんど無く、ただじっと憲銀の歌を聞いているだけである。その憲銀の歌う歌は時折日本の歌が混じるもののほとんどが中国の恋の歌である。

 憲銀の歌う歌が十曲を越えた頃であった。歌声に嗚咽が混じり、そのうち歌にならなくなってきた。モニターに映る歌詞を見るとどうやら中国の恋の歌、いとしい人との別れの歌のようである。憲銀の両の目からは大粒の涙があふれ出ていた。押し殺した嗚咽の後、悲痛な叫びと同時に憲銀が私の胸に倒れこんできた。モニター画面には憲銀が歌っていた歌詞が寂しげなメロディと共に静かに流れていた。

 憲銀の小さな体をじっと抱き、私は憲銀の嗚咽が収まるのを待った。

「マスター悪いね。私だまされた」

 私と別れた後の出来事を憲銀は嗚咽を堪えながら話し出した。


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