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『詠子の恋』
【スポーツ 官能小説】

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『詠子の恋』-12

「………」
 詠子はいつも弁当持参だったので、先に席を二つぶん取っておいて、吉川が食事を取ってくるのを待つのが、ここでの日常になっていた。ちなみに、以前、吉川にランチを奢ってもらったときは、弁当を持っていることを隠していた。
『須野原さん、自分でお弁当作ってるんだね』
 初めて弁当箱を彼の前で開いたとき、心底感心しているような顔が印象的だった。
「そういえば、キミ、外食が多いよね」
「うーん。そうかもしれないなぁ」
 うどんセットをトレーに乗せた吉川が詠子の前に座り、ランチタイムを始めた二人。その姿は何処からどう見ても、彼氏彼女のものにしか見えない。
「自分でご飯作っても、全然おいしくないんだよ」
 吉川は自炊をしないわけではないし、料理音痴というわけでもない。レシピどおりに分量をあわせて料理を作り、それなりに食べられるものはできるのだが、それを“おいしい”と感じたことはほとんどないそうだ。
「後片付けとか、どうしても面倒になって、結局、料理はしなくなっちゃったな」
 せいぜいが、ご飯を炊いて惣菜で済ませるという、男子としてありきたりな姿を告白している、そんな吉川であった。
「ずっとそれじゃ、健康的にも経済的にも、あんまり良くないよ」
「わかってるんだけど、ね」
 吉川の目の前にある“うどんセット”は、“かけうどん”に“いなりずし”が二つついてくる、安価ではあるが炭水化物のオンパレードで、腹を満たしはするのだろうが、見た目にも健康に良いものとは思えなかった。
「よかったら、ゼミのあるときは、お弁当、作ってきてあげようか」
「えっ!? いいの!?」
「い、いいよ」
 いつにない反応の良さに、詠子は少し気圧される。しかし、自分の申し出に対して、瞳を輝かせる吉川の様子を見ていると、呆気にとられた頬が緩んで、そのまま笑みに変わった。
「須野原さんのお弁当って、すごく美味しそうだったんだよね〜。うわあ、すごい楽しみになってきたよ。あ、お弁当代は、出すから」
「いいの。一人も二人も、変わらないから」
「でも、さ」
「本当、気にしないで」
「お言葉に、甘えます」
 吉川が、深々と頭を下げて、謝意を示してきた。大袈裟にも思えたが、それが吉川の真摯な気持ちの表れだと思い、詠子の頬に熱いものを生み出していた。
「何か、力仕事が必要になったときは遠慮なく言ってよ。手伝うから」
「うん、わかった」
 詠子としては、吉川に弁当を作る口実ができたことだけでも、喜ばしいことに感じていた。だから、吉川からのそれ以上の対価は、本当に必要ではなかった。
 以来、ゼミのある日は、吉川に弁当を作るようになって、それを食堂で広げながら過ごす彼とのランチタイムが、詠子には一番の、至福の時間となっていた。
「いやあ、これ本当に美味しいよ! 須野原さん、料理、上手なんだね!」
 そう言って、弁当箱を空にしていく吉川を見ているのが、本当に楽しかった。
 弁当箱は自分の分しか持っていなかったので、吉川用として少し大きめなものを用意していた。部屋のキッチンに、自分だけのとは違う、他人のために使う道具が新しく加わったその光景は、詠子の心臓をいつも以上にドキドキさせた。
(桃子がこれ見たら、絶対なんか言うよね)
 “カレシの弁当箱を持ってるなんてさ! もうほんと、やってらんねーわ!!”と叫びながら、チューハイの缶を空にしていく桃子の姿を夢想して、自分の分と吉川の分とを弁当箱に詰めつつ、頬を緩ませていたものである。
「お昼代が一週間のうち、3回も浮くのは、やっぱりありがたいことだよ」
 それが申し訳ないらしく、何度か弁当の代金について言及してくる吉川だが、詠子は決まってそれを断り、彼に恐縮させていた。
(………)
 ふと、“お弁当を作る代わりに、わたしと付き合ってください”などと、言ってみようか、思ったことがある。だが、それはあまりに、浪漫のかけらもない告白だったから、詠子は思いとどまって、嬉々として弁当箱を空にしていく吉川のことを、見つめ続けるのであった。


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