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口伝つちのこ異聞
【その他 官能小説】

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口伝つちのこ異聞-2

 檜風呂ならセールスポイントになる。すぐに書き換えればいいのに……。
部屋にはエアコンが設置されている。見たところ最近のものではなさそうだ。
(たしか、冷房なしとあった…あのホームページはいつから更新されていないのか…)
ともかく、山に囲まれているとはいえ、高山ではないのでクーラーがあるのは有難かった。

 煙草を喫いながら一息ついて考えた。
道々の様子から観光のための整備はされていないようだし、素朴な景色は味わい深いとは思うが、特に風光明媚というわけでもない。
(予約が殺到する魅力がどこにあるのか)
料理はこれからだが、驚くものは期待できそうもない気がした。何か貴重な名産品があったろうか。思い浮かばない……だが、
(もう来てしまったんだ…)
半ば諦めの気持ちだったが、落胆というほどのものでもない。
(たまにはいいだろう)
明日は早めに立ってどこか回って帰ろう。私は地図を広げていくつかの予定を立てた。

 風呂から出ると囲炉裏端に食事の用意が整っていた。ヤマメの塩焼き、山菜の天ぷら、猪とおぼしき肉のみそ焼き…。丁寧な作りではあるが、山里の宿として想像の域を出ない料理が並んでいた。

「檜の香りがしていていいお風呂でした」
女は微笑みを返し、囲炉裏にさしたヤマメの串の焼き加減を見ている。作務衣から覗く手や項の白い肌が潤いを滲ませている。

「そうですか。それはよかったです。よろしければ後で火を落としてぬるくしておきますから、お休み前にもう一度お入りになってください。さっぱりしますから」
「ぜひそうなされ。よく眠れます」
老婆も口を添えて頷いた。

 サービスだと出された酒は実に美味かった。さっぱりとしていながら深みとこくが混在して、その中に優しさを感じる味わいがあった。買って帰りたいと思って訊ねると、市販されていないという。
「濁り酒を一度だけ漉したもので清酒にはない円やかさがあります」
 女の説明を聞きながらよく見ると微かに澱んだような色合いがある。
「実は許可を受けていないので、外には出せないのです。それにたくさんは造っていませんし。でもお客様の分はありますからお好きなだけどうぞ」

 私が食事をしている間、二人とも隣室で食事を摂っていたようだ。会話は聞こえなかったが食器の物音と気配がしていた。


 食後、ふと思い出し、『つちのこ』のことを女に訊いてみた。
「村の名前にもなっているということは、何かいわれがあるんですか?」
女は息を止めたように頷き、
「昔のことは祖母が詳しいので……」
そばにいた老婆は頷いて微笑んだ。

「お蒲団を敷いてきます」
女の後姿を目で追っていた私は、彼女の言葉が気になった。
(祖母と言った…たしか、嫁ではなかったか…)
「お嫁さん、ですよね?」
老婆は怪訝な顔を見せてから、質問の意味を理解したようで、
「あのう、孫の嫁なので…」
孫は三年前に事故で亡くなり、彼女は子供もなく独り身だったので民宿を手伝ってくれるようになったのだという。
「私一人ではどうにも大変ですから。助かっています」
息子夫婦は東京で家を持っているので、たまに遊びに来るだけらしい。
「若いのに偉いですね」
老婆は私に酒をすすめた。

「つちのこの話ですが、十里四方に昔からあったもので…」と語り出した。
話の内容は土地によって異なるという。
「この村にだけ伝わる話がありましてな。今夜は殿方お一人なのでよろしければお話しましょうか」
老婆は腰を屈めたまま上目使いで私を見上げた。

「昔、この村にハツという娘がいてな…」
 ハツは器量よしで子供の頃から評判だった。年頃になると近在の誰もが羨んだものだった。『これは高く売れる』と……。

 村には不思議な血の流れがあって、滅多に男が生まれなかった。だから女でそこそこの器量の娘は、家が裕福なら他の村から養子をもらうか、そうでなければよそに売られていくしかなかった。ハツの家は貧しい小作農家で、幸い長男がいたので彼女は当然売られるものとみんな思っていた。
 ところがあまりの美しさに名主の跡取りが手を出してしまった。舞い上がったのは男を知ったハツの方だった。女の身でありながら自ら夜這いをかけるほど入れ込んだ。しかし、夜な夜な乳繰り合ううちに孕んでしまい、やがて名主の知るところとなって大騒ぎになった。
 激怒した名主はハツの家を村八分にしてしまった。小作としては何も言えない時代であった。
 ハツの親も傷物にされて娘の値が落ちたことで怒りをハツにぶつけて家を追い出した。
 ハツは山にこもって一人で子を産んだようだ。山に住んでいることはわかっていたが、その後どうやって彼女が暮らしていたのか誰も知らない。ひもじさに耐えられなくなったのだろう、真冬の雪の中を物乞いをして歩いている姿を見かけることもあった。気の毒に思う村人もいたようで、餅などを分け与える者もいたらしい。

 月日が経ち、ハツの親も亡くなり、息子も村を出て家は絶えた。
 その家に大男が住み始めたのはいつからなのか定かではない。
「ハツの倅だ」という噂が広がった。別に悪さをするわけではないのでみんな関わらないようにしていた。


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