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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第10話-10

「せっかくだから、今日はウチ(蓬莱亭)で、御飯にしようよ」
 練習を終えた四人は、桜子の提案を受ける形で、“蓬莱亭”に繰り出していた。ちなみに今日は、“蓬莱亭”は定休日なのだが、桜子は故あって皆をそう誘っていた。
 由梨が懐妊したことで、桜子は今、例の“禁欲期間”でない時であっても、実家の“蓬莱亭”に戻る事にしている。つまり、大和との半同棲生活は、一旦打ち止めにしているのだ。
 悪阻が落ち着かず、体調が不安定な姉を慮り、今はその世話を第一に桜子は考えていた。大和との半同棲生活が功を奏して、家事全般をある程度はこなせるようにもなったから、由梨が今までしていたそれを、桜子が請け負っても、大きな問題は発生しなかった。
 とはいえ、“蓬莱亭”の主たる料理人であった由梨の穴埋めができるわけはなく、また、まかないを作ることのあった龍介も、その替わりを務めることは当然ながらできない。
 しかし、“蓬莱亭”は、営業時間の変更こそあれ、由梨が厨房に立てない現在でも、その火が完全に絶えることはなかった。
「桜お嬢、お帰りなさい!」
 その答が、“蓬莱亭”の厨房に立つ人物にあった。
「務さん、“お嬢”は、やめてって言ってるのに〜」
「いやいや何を言いますか。いくら臨時とは言え、こちらに雇われた身分です。ですから、ケジメを持って、“桜お嬢”と呼ばせていただきます!」
 鍋と御玉を両手にしながら、桜子が“務さん”といった青年は、ひどく真面目にそう言った。
「大げさなんだよ、務兄さんは…」
 店に入るなり、珍しくも航は、少しばかりげんなりと脱力した様子を見せた。
 自分にとっては父親代わりでもあった、歳の離れた一番上の兄である務が、“蓬莱亭”の料理人としてしばらく雇われることになったのは、既に知っていることだった。…実際にこうやって、厨房に立つ姿を見るのは初めてだが。
「おう、航。元気にやってるみたいだな。…ついでに、よろしくやってるみたいだな」
「?」
 航の姿を視界に入れた務は、4月から一人暮らしを始めた弟の変わらない様子に安堵する一方、その隣にいる結花の姿も確認すると、俄かに相好を崩した。
「亮もそうだったが、野球ってことになれば、お前も十分なプレイボーイだからなぁ」
 うむうむ、と何やら一人合点に納得しているようである。
「その亮は、もうすぐ父親になるし、翔はサッカーで独り立ちしたし、一番心配だった航には、いい子が見つかったみたいだから、木戸家の長男としては何も言うことないな!」
「いい子って…」
 航は、すぐ横に立つ結花を見た。結花は結花で、務が何を言っているのか、完全に理解しているらしく、その頬がすっかり茹で上がっていた。
「務兄さん、片瀬は大事なチームメイトだよ」
 だから、そんなんじゃない。と、言葉をつなげようとしたが、何故か航はそこまで言えなかった。それは本当に、自分でも無意識のことだった。
「大事な、ねえ…」
 務が、にやり、とさらに意味ありげな笑みを浮かべる。どちらかと言えば、あまり他人と馴れ合わない航が、こうまではっきりと“大事な”と言い切った時点で、傍らの少女に対して、特別な気持ちを抱いていることは、兄の眼から見て明らかであった。
 気づいていないのは、本人だけだ。
(亮もそうだったが、航も輪をかけて朴念仁だからな)
 務としては、隣に立つ少女が不憫であった。多分、航に想いを懸けているらしいということは、今見せている表情で、務の目にもはっきりわかっていた。
(大事な、ねぇ!)
 結花は結花で、航の意味深な言葉に、頭が沸騰しっぱなしだった。大事な…ときたら次はどうなるか、期待するなというのが無理な話である。
「えーと」
 この場に置いて、一番取り残されていたのは、大和だった。
「務さん。今日は、“中華定食”にしようかと思うんだけど」
 …訂正。
 喧騒を横に聞きながら、本日の頼むべきメニューを冷静に考えていた大和は、他の誰よりも自分の世界をしっかりと持っていた。


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