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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第7話-30

「気をつけて帰れよ」
「先輩たちも」
「それじゃあね」
「お疲れ様でした」
 スーパーを出て、それぞれが家路に着く。
「なあ、品子」
「うん?」
 案の定、チャー……よろしく手をつないで歩き去っていく桜子と大和の背中を見送りながら、不意に雄太が口を開いた。
「あの二人、本当に夫婦みたいだな」
「ふふ、そうね」
 こちらが見ていて妬ま…微笑ましくなるほどにだ。
「今日の試合で、大和にマウンドを譲った後、あいつらバッテリーを組んだだろ? そのとき、試合が終わるまで、ひとつもサインを交わさなかったんだぜ」
「………」
 品子もそれは気づいていた。よほどに相手を信頼していなければ、そんな芸当はできるはずもないから、桜子と大和の間にあるバッテリーとしての絆は、周囲が想像できないぐらいに強いものであるのだろう。誰も邪魔ができないほどの…。
「正直言えば、悔しかったんだ。あの二人を、ずっと見ていてえな…って、思っちまうぐらいにな」
「雄太」
「らしくねえな。悪い、品子。……品子?」
 雄太の左手が不意に掴まれた。当然だが、掴んだのは品子だ。
「しな……んむっ」
「………」
 思わず彼女のほうに顔を向けた雄太は、すぐ間近にそれが迫っていて、何かを言う前に唇も塞がれてしまっていた。塞いだのは、当然だが品子だ。
「………」
「………」
 既に日は落ちて、暗がりがそこかしこに出来ているとは言え、ここは天下の往来である。
『ままー、ちゅーしてるー』
『こらっ』
 そういう声が聞こえても、品子は雄太から離れようとしなかった。
 どのくらい、影を重ねて時を過ごしたか…。
「…品子も、らしくねえことするな」
「…雄太が、らしくないからよ」
 ようやく離れた二つの影は、しかし、絡まったその指先を解こうとはしなかった。
「私はね、雄太」
「うん?」
「マウンドにいる貴方の姿が大好きなの。ずっと、ずっと、大好きだったの」
「品子…」
 胸に想いを秘めながら、ずっと見つめ続けてきた姿だったから…。
 本当だったら、自分がマスクをかぶって、ミットを手にして、彼の投げるボールを受け止めたいぐらいに。
「俺は…」
「わかってる」
 雄太の中に生じた葛藤。それを、品子は言われずとも感じ取っている。
「決めるのは、雄太自身よ。でも、これだけは知っていて」
「?」
「貴方がどうあったとしても、私は貴方を愛してるわ」
 品子の視線に射竦められて、表情さえも固まっていた雄太。
 ややあって、ふ、と、その頬が柔らかく緩んだ。
「かなわねえな」
「雄太?」
「言っとくがな、俺、お前を誰かに取られることより、怖いもんなんてないぜ」
「…バカ」
 その軽口が、品子には聞きたかった。
 今日の試合で、自信のあったボールを打ち込まれたばかりか、大和にマウンドを譲ることになった雄太は、明らかにいつもとは違う、言うなれば“喪失感”を感じていた。
 チームが勝ったのだから、それでいい。それ以上のものはない、と考えようとしても、どうしても心の中で拭い去れないその“喪失感”が、知らず雄太の雰囲気に陰を落としてしまっていた。
 当然だが、品子はそれに気づいていた。だから、彼を奮い立たせるために、ドライブに誘い、身体を捧げ、そして、気持ちを注いだのだ。
 いつか彼女のことを、“男を側で見守り、とことん尽くすタイプ”と評したが、紛れもなく今、その献身力が発揮されたのである。
「じゃあ、帰るか」
「ええ」
 品子の手を引きながら、雄太は歩みを始める。軽自動車が置いてある駐車場は、人の多い時間帯であることもあって、あえて一番遠い場所を選んでいた。その方が、すぐに止められるだけでなく、出るのも容易になるからだ。
 そこまでの道程は、それほど遠くはない。しかし、掴んだ品子の手を、離そうなどとは露にも思わなかった。
(次の試合は、ひとつ覚悟を決めていく)
 品子がくれた勇気を胸に、雄太は一人、決意を抱いていた。


 −続−


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