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ガラス細工の青い春
【純愛 恋愛小説】

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 テスト期間中で部活もなく、いつも教室の後ろで話をしている中に清香も混ざり、他愛もない話をしてから帰宅をした。しとしととしつこく降る雨のせいで、ローファーには雨水が浸みてしまい、玄関を入ると真っ先にローファーに新聞紙を突っ込んだ。それから一度部屋に荷物を置いて、圭司に渡すメモを鞄から取り出すと、清香は引き出しにしまってあったレータセットを机に並べる。その中で最もシンプルな封筒を引き抜き、そこにメモを入れる。差出人は書かない。
 新しい靴下に履き替えると、まだ濡れていないスニーカーを履く。また出掛けるからと玄関先に置いたままにしておいた水玉の傘を手にし、圭司の家へ歩く。目と鼻の先だ。家の前につくと、外から二階を見上げてみる。どこに圭司の部屋があるのか知らないけれど、圭司ではない家族の誰かに上から見られているかも知れない。そう思うと急激に心拍数が増してきて、急いでポストにメモを入れ、早足で家に戻った。
 すぐに携帯を取り出し、震える指で優斗に教えてもらったメールアドレスを呼び出す。
『玄関のポスト 清香』
 日頃からメールを好んでやりとりしない清香だが、これほどあっさりしたメールをするのは久々だと思いながら、送信ボタンを押した。
 明日からはテストだ、勉強をしなければ、と頭の中では分かっているのだが、メールの返事が来るかも知れないと思うと気もそぞろで、結局机には向かわず、ベッドにうつ伏せに寝転んだ。風邪で寝込んでいてメールに気付かないかも知れない。先に家の人がポストを開けてしまうかも知れない。
 不意に「好きって書き忘れた」頭の隅に湧いた大事な忘れ物を拾う。英語のまとめメモを封筒に入れただけで、告白になってないと言う事に今更気付き、「しまったぁー」と枕に向かって呻き声を上げる。
 枕元に置いた携帯が震え、LEDが光ったのが視界に入った。震える手で携帯を持ち上げると、反対側の手で手首を押さえて震えを止めようとする。目を瞑りながらメールの開封ボタンを押し、そして目を開ける。
『見たよ、ありがとう。今、外に出られる?』
 思いがけないメールの内容に驚き、震える指で何度も押し間違えながら『出られる』と返信をした。はじかれたように部屋を出て階段を下り、靴を履きながら、圭司は外に出る事ができるぐらいに風邪が回復したのだろうかとふと考える。乾かすために玄関内で広げておいた傘を、広げたまま玄関ドアからむりやり出して、歩き出した。
 目の前から、Tシャツにスエット、それに見慣れない眼鏡を掛けた圭司が歩いてきた。雨が降っているのに傘をさしておらず、顔をしかめている。それを見た清香は少し小走りに近づき、自分でも驚くほどスムーズに相合傘をした。
「風邪は? つーか傘は?」
 近過ぎる圭司との距離に、顔を合わせられない清香は、少し目線を落とし彼のTシャツに書いてあるロゴをじっと見つめた。
「風邪はもうだいぶ良くなった。明日は学校行く。傘は、近いからいいやと思って」
 頭の上から少し掠れた圭司の声と、雨が傘を叩く音が同時に降ってくる。とても不思議な感覚だった。ロゴを見つめた清香はわざとそのまま視線を動かさず、自分の表情の変化を読み取られないように努める。
「で、用件は何?」
「あれ、英語の、ありがとう。すげー分かりやすくまとめてあんね」
 無意識に耳の辺りに触れながら「お役に立てれば光栄です」と頷く。清香は照れると耳を触る癖がある。自分でそれに気付いたのはごく最近の事だが、顔が赤くなるよりは相手に悟られにくくて良いと感じている。
「で、何かメールじゃダメな用件でもあった?」
 ごそごそとスエットのポケットを探った圭司は「これ」と手の平に、袋に入ったあめ玉を乗せている。
「これ、何、お礼?」
 袋の端を掴み、Tシャツのロゴに向かって清香は訊ねる。圭司は「ねぇ、何に向かって喋ってんの?」と怪訝気に言うので「ロゴ」と馬鹿正直に答えると、圭司はケラケラ笑う。
「お礼に飴を渡したかったってのが三割、あとの七割は、会って話したかった事があってさ」
 その言葉に思わず顔を上げて「なに」と急かすように問うと、あまりに目線が近すぎる事に恐れをなした清香は、速やかに目線をロゴに落とした。
「あのさ、急なんだけど、大抵こういう事って急なんだよ。清香の事好きなんだ。俺と付き合ってくんないかなって思って」
 清香の手から飴が落ち、乾いた音を立てる。すぐに雨水が天から落下し、袋を濡らす。清香の胸の中のざわつきが、雨音さえも消し去る程大きくなって行く。「へ?」
「ほら、俺らあんまり喋らないけどさ、もっと喋りたいし、中学の時から結構気になってたんだよね、清香の事」
 中学の部室棟の前。お互いを認識しはじめたあの瞬間を思い出す。清香は暫くロゴを見つめた後「あのさ」と思い切って顔を上げると、声がうわずっている事に気付き、咳払いをする。
「メモに書き忘れた事があったんだ。好きですって一言、書こうと思ってたのに忘れた」
「うそ、マジで」
 目線はかちあったまま、お互い顔を赤らめていた。清香よりも色が白い圭司は赤くなると顕著に分かる。自分でも分かったのだろう、両手を頬に当てて冷ますような仕草をしている。
「この事って、あいつらに言っても、いいよな?」
 清香は再び目線をロゴに落とし、「すぐバレるだろうからね。別にいいんじゃない?」と耳を触った。
 やにわに「じゃね」と言って圭司は走って傘の下から出て、家の玄関に消えて行った。彼の足跡は空から落下してくる雨粒で瞬時に消え去る。清香は地面に落ちた飴を拾い、少し水気を振るい落としてからポケットに突っ込むと、改めて二人のやり取りを思い出し赤面した。


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