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THANK YOU!!
【純愛 恋愛小説】

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THANK YOU!!-8



次の日。
鼓笛フェスティバルが開幕した。ファンファーレは、瑞稀たち絽楽学園吹奏楽部。
大成功に終わり、舞台から退場していく瑞稀たち。
もうすぐに始まるゲネプロがある鼓笛隊と合流する為に、恵梨に譜面台を預けて鼓笛隊の方に向かった瑞稀は昨日の恵梨の言葉を思い出した。

拓斗が自分を好きなんじゃないか。
恵梨からそう言われた時は本当に驚いて言葉が出なかった。
だけど、少し・・いや凄く嬉しく思っている自分が居た。
もしそうならどれだけいいんだろう。そう考えて自分は、改めてどれだけ拓斗が好きなんだろうと呆れる。
言われるまで、意識なんか全くと言っていいほどしていなかったというのに。
だが、今の瑞稀は、今までで一番すっきりとしていた。
拓斗の気持ちはわからない。自分の気持ちが嫌というほど思い知らされただけ。
しかし、自分の奏でるトランペットの音だけは好きと言ってくれたことを思い出せたことが一番嬉しかった。
こんな自分でも、拓斗が好きと言ってくれる部分があるんだと思い出させてくれた。
今はもう無効かもしれないが・・それでも、浮かれていたかった。

鼓笛隊と合流し、ゲネプロを済ませると丁度スタッフが下手に案内する為に扉をノックした。
下手に着くと、緊張が瑞稀を襲う。それは瑞稀だけでなく鼓笛隊メンバー全員が同じ状況だった。
心を落ち着かせようとしていると、瑞稀はふと臨海学校で自分を真っ先に助け出してくれた拓斗の温もりを思い出した。

『もう大丈夫だ』

そう言って抱き締めてくれた温かさを思い出し、顔に熱が溜まるのと同時に緊張が和らいだ。まるで、見えない拓斗が魔法をかけてくれたみたいだなと思うと自分の乙女的な思考に小さく笑いを零した。
そんな瑞稀に優羽が「どうしたの」と声をかけた。先程は自分と同じように緊張していたはずが、すぐに笑顔を零したので不思議に思ったのだ。
瑞稀は優羽に優しげな笑顔を見せて、「大丈夫、何でもない」と言った。
その笑顔の訳を聞こうとした優羽が更に言葉を続けようとすると、スタッフから入場の声が掛かる。
何も言わずに瑞稀は列を作って歩きだした。優羽も、首をかしげながらも後に続いた。
瑞稀たち『music familiar』が舞台にあがり、席に着いた。
応援による拍手喝采が起こる。その中には、最前列に座る恵梨や後輩、先輩たちも居た。
指揮者として舞台上に上がり、指揮台に登ったのはトランペット指導者のヒカリ。
全員に目配せをして、ひとりひとり確認していき、タクトを振り上げた。
それに合わせ、優羽と香菜が1stで曲始めを飾る。
瑞稀は一人2ndとしてそれにハーモニーをつけていく。
勿論、2ndで目立つところはハッキリ自己出張するように目立つ。

指揮を振っているヒカリ、最前列で観客として座っている恵梨がある一つの違和感に気づいた。



瑞稀たちの演奏が始まった頃。
拓斗は瑞稀の家のチャイムを押した。台所の電気が付いていることからして、誰か居るんだと確信して。
案の定、少し間があってインターホンから「はい・・」という眠そうな男の声がした。
声からして、若いとまでは言えないが父親というほどでもない。瑞稀が前に話していた叔父さん・・なんだろうか。
そう考えながらも、拓斗は「鈴乃と言います。八神・・み、瑞稀さん、いますか?」と返した。
始めて名前を呼ぶ照れくささがあったが、なんとか用件だけ伝える。
すると、少し考えるような静けさが流れてから「ちょっとまってて」と言って、インターホンを切られた。
今の沈黙はなんだろうと考えていると玄関の扉が開いた。
そこにいたのは男の人。すらっとした体格で、足が長く顔が小さい。どこかのモデルかと間違えるくらいスタイルも顔も良かった。
くせっ毛が残る黒髪を掻きながら、その人物はドアを開けたまま拓斗に言った。

「悪いけど・・瑞稀は昨日から家に居ない。」
「居ない・・?」
「あぁ、鼓笛隊の合宿。」
「あ・・・」

そう言われて、拓斗は自分も応援に行ったことのあるフェスを思い出し、もうそんな時期だったのかと思う。そういえば・・あれから応援に行ってないなとも。
言葉を失った拓斗を訝しげに見てから男性は用件を聞いた。

「で、何かアイツに用事?今日帰ってくるけど夜遅いと思うよ」
「・・いや、別に・・いいです」
「ふーん。・・じゃあ、名前もっかい言ってくれる?瑞稀に伝えとくから」
「あ、鈴乃拓斗って言います」

改めて名乗ると、男性は「分かった」と言って扉を閉めた。
拓斗は閉められた扉を見て、深く溜息をついた。男性のことについてではない。
こうして、瑞稀と会えなかったことで改めて自分と瑞稀の間に出来てしまった距離を実感してしまったことに少なからずショックを受けた。
どうしたらいいんだろう。拓斗はただ、頭を悩ませていた。

「・・八神・・」


ぽつりと小さく呟いた言葉は、熱い空気に溶け込んでいった。
誰にも、聞かれることなく。


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