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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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南風之宮にて 5-5


 後ろに跳び退ったアハトが着地して体勢を整えようとした瞬間だ。
 不意をつくように真横から、何かが彼に襲いかかった。
 押し包まれるように視界を塞がれ、彼はとっさに刀剣の切っ先を立てて突き出した。ひどく柔らかな、毛の長い獣の皮が、一部破れた。

「!」

 皮を貫いて内臓に突き刺さる手ごたえを予想していたアハトは、拍子抜けして目を瞠った。
 毛皮を貫いた先には何も無かった。
 そのまま刃を滑らせて開けた裂け目からのぞくのは、視界を塞がれる前に広がっていた風景そのものだ。
 彼は体ごと裂け目をくぐりぬけて”外”に出た。

 外側から見たその魔族は、巨大な多角形の毛皮……としか言いようのないものだった。
 柔らかな布のひるがえるように縮んでは開き、のたうちながら移動してくる。
 形や質感だけは、手足の間に皮膜を広げて滑空する小獣を連想させた。
 だが肝心の、手足や胴体のようなものは何もない。
 頭部もなければ、受容器官と思しきものも見当たらない。
 どちらが前なのか……否、表か裏かも見当もつかなかった。

 アハトの武器はハヅルのものと同じ、里で鋳造されたひとまわり小振りの太刀である。
 魔族が出てくると知っていればもっと大きな武器を里から持ち出したのだが。
 アハトは急所も何もあったものではない、布のような怪物を前にちらりと思った。
 里には人間態での魔族退治を訓練するための武具がある。それ以外の目的に使うには巨大すぎて邪魔にしかならない大刀や大槍だ。
 魔族は人間より頑強で、苦痛や損傷への反応が鈍い。
 その動きを制するには手足や頭を切断するのが手っ取り早いが、大型の魔族となると彼の刀では鍔元まで使って刃渡り全体で斬ってもその部位を斬り落とすまでにはいたらない。
 動かなくなるまで斬り刻むしかないか、と彼はため息を吐いた。幸い、というべきか、この相手には刃が通る。
 切りのない作業を始める覚悟をきめて、彼はとん、と地を蹴った。


※※※


「二、三……」

 毛皮布のような魔族をバラバラに引き裂きながら、さらに襲ってきた一体の首を落として、アハトは一つ息をついた。

 上から確認できた限りでは、残りあと四体。
 彼が魔族退治に集中している間に戦局は変わりつつあった。進軍する敵の隊列が本殿前にまで達したのだ。
 あらかじめ王子が指示した通り、親衛隊は直接敵のなだれ込む前に素早く本殿の内に退却を始めた。
 瀟洒な石造りの本殿は、開けた回廊に囲まれていて、扉もさほど堅牢ではない。守るに易いとは言いがたい建築だ。
 むろん、王子も王女もそんなことは承知の上だった。彼らの作戦にはこの先がある。
 それは親衛隊や衛士隊の仕事だ。そう割り切っているアハトが、自分の仕事をするべく、次の相手を探して視線をめぐらせたとき、本殿の方で悲鳴があがった。


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