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朝日に落ちる箒星
【大人 恋愛小説】

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25.久野智樹-1

 実習の度に、星野美夏と顔を合わせなければならないのが苦痛で、早くこの時間が過ぎ去れと思う。とは言え、実習は実習で大事な授業だし、おろそかにできないのが辛い。
「久野くぅん」と常時甘えた声で俺に話し掛けるので、露骨に嫌な顔で返すのだが、全く効き目はないらしい。
 実習が始まるまで座って待っていると、早々に星野が隣に座った。これは仕方がない。俺のバディだから。
「久野君は、クリスマスどうするの?」
 分かり切っている質問の癖に、わざわざ訊いてくるあたり、こいつの性格が滲み出ている。
「彼女と過ごす」
 俺はそこで会話を切りたいから、敢えて質問し返さないのに、こいつは勝手に訊いてもいない事を喋りはじめる。
「私は一緒に過ごす人がいないんだよね。寂しいな。ねぇ彼女ってあの眼鏡の子?」
 他に誰がいるんだよと思いながら頷いたら「へぇ」と、まるで初めて聞いたかのように反応するので、訳が分からない。
「やっぱり付き合ってるんだ。何か、似合わない二人だね。久野君の隣は、もうちょっと華やかな子の方が似合うよ」
 ろくでもない。聞いていられない。俺は返事をする事をやめた。それなのに話は続く。
「私、クリスマス一人だから。身体、空けておくから」
 意味ありげに顔を覗き込むので、向かいに座っていた奥山が怪訝気な顔でこちらを見た。
「あのさ、俺はあの眼鏡の彼女とクリスマスを過ごすから。それ以外ないから」
 丁度その時に助教が入室してきて、助かった、と胸を撫で下ろした。

 クリスマスイブの今日、あちこちでプレゼントの受け渡しの光景を目にした。俺達は今晩クリスマスパーティ、という名が相応しいかは別として、一緒に過ごす事に決まっている。
 食堂で会えるかと思ったけれど、思いの外実験がうまくいかなくて、長引いてしまい、一人で飯を食おうと椅子に座ると、また星野が現れた。
「一緒に食べていい?」
 俺は今日ラーメンだ。とっとと食って席を離れればいいと思い、何も返事をしないでいると、彼女は目の前に座った。しつこくすれば俺が振り向いてくれるとでも思ってるんだろうか。
「ねぇ、彼女は私の事何も言ってないの?」
 俺は星野に、星野とのセックスが君枝にばれたとは言っていないから、星野は俺と君枝に危機が訪れた事を知らないのだ。
「言ってないよ。あいつに何か言ったのか」
 なるべく感情を込めずに言うと、べつに、と口端に笑いを浮かべているあたり、非常に性格が悪いと思う。
「あの子のどこに惚れてるの?」
「星野さんとは正反対な所かな」
 そう言ってやるとちょっと面食らったような顔をしたので、ざまあみろとラーメンをすすり続けた。さっさと食べ終えて無言で席を立った。午後も実習かと思うとウンザリする。
 実習棟に続く渡り廊下に出ると、廊下の突き当たりに、見知った顔があった。加藤君だった。手に小さな紙袋を提げ、きょろきょろしている。あの紙袋の中身、クリスマスプレゼントかな、と思い俺は、渡り廊下の柱に隠れるように窓の桟に座り、手に持っていたパックのコーヒーを飲みながら見ていた。
 目の前の光景に絶句した。そこにやって来たのは、白衣を着た君枝だったからだ。声が丸聞こえな場所で、俺は絶対に姿を見られてはいけないと思い、なるべく酸素を吸わないように心掛けた。存在を消した。窓ガラスと一体になった。
「あの、これ、クリスマスプレゼント」
「へ?」
 君枝が素っ頓狂な声をあげている。
「いつも実習でさ、お世話になってるし」
「いや、そんな理由でプレゼントなんて受け取れないよ、悪いよ」
 沈黙している。顔まで見る事が出来ないが、どうなっているのだろう。「加藤君?」と声を掛けている。
「あのさ、矢部さんの事、好きなんだ。それなら受け取ってくれる?」
 俺はその声を聞いた瞬間に、ぴょんと窓の桟から飛び降りて、スタスタと二人の元へ歩いて行った。
「え、何、智樹?」
 俺だよ、紛れもない俺だ。俺は君枝の肩に腕を回した。
「そういう事なら受け取れないよ、こいつ。何故なら俺の彼女だから。ごめんね、加藤君」
 俺は極めて事務的な口調で言った。加藤君は悪い奴ではない。星野とは違うのだ。だからこそ、万が一にも加藤君のプレゼントを君枝が受け取った事を俺が後から知って、嫉妬に狂って、加藤君を悪者にしたくなかったのだ。
 君枝は困ったような顔で俺と加藤君を交互に見て「えっと......」と絶句している。
「ごめんね、困らせちゃって。すみません、えぇと、久野君も」
 加藤君はそう言うと紙袋の口をくるりと折り曲げて、「矢部さん、実習室戻ろう」と言った。
 困ったように俺の顔を見つめる君枝に「どうぞ」と言って、ぽんと背中を押すと、振り向いた君枝はにっこり笑った。


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