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朝日に落ちる箒星
【大人 恋愛小説】

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24.矢部君枝-1

 エアコンの風で乾燥するので、加湿器のスイッチを入れた。ペットボトル式の加湿器は、USBからの電源供給で動いている。
 検索画面からキーワードを入れて、エンターキーを叩く。検索結果の羅列から、それらしき言葉を拾い、クリックする。
「性、嫌悪症」
 口に出して読む。どこか遠い次元の言葉のような気がしたが、それが最も自分の状態に近い。
 性嫌悪症。特定の人間に対する嫌悪の場合は「症」をつけると言うから、私の場合は「性嫌悪」になるのか。他のページも閲覧する。間違いなさそうだ。
 時間の経過とともに良くなるケースもあるという記述に、少し安堵する。他の記述が、今後を考えるとあまりにも悲しい記述だったからだ。
 智樹とセックスしようとすると嘔吐してしまった。それでも智樹は私を好きでいてくれる。何とかしたい。心だけじゃない、身体でも愛したいし愛されたい。

 水曜の午後、私は用事があると智樹に言って、駅前のショッピングセンターへ出かけた。
 去年は拓美ちゃんと一緒に来たよな、と思い出す。去年と同じように、至る所にクリスマスラッピングがしてある箱や、金色のベル、雪の結晶の飾りがディスプレイされていて、それらの飾りに私は、焦燥感を感じる。何せ、何を買うか決めていないのだから。焦る。
 去年はピンクの手袋を貰った。かと言って手袋を買うのも何だかな。ネクタイは使わないし。マフラー?悪くないか。でも去年拓美ちゃんが不倫相手の森先生に買ったのがマフラーだった。縁起が悪い。
 紳士用小物売り場では結局、めぼしい物が見付らないまま、何となく専門店街に入った。
 アクセサリーを見ている自分がいて「おい、今日は自分の買い物じゃないぞ」と戒める。そうだった、クリスマスプレゼントだ。
 ふと目がいったのは、革製の小物を扱うお店だった。一歩踏み入れただけで、革製品独特の匂いがする。店員と目が合うと「いらっしゃい」と声を掛けられ、私はちょこっと会釈をして店内に入った。
「プレゼントをお探しですか?」
 季節柄、そういう客が多いのだろう。「はい」と言うと小奇麗な中年男性店員が「彼氏に?」と顔を覗き込むので「はぁ、まぁ」と答える。
「安くて人気が高いのは携帯のストラップだけど、僕は個人的に、お揃いのブレスレットをお勧めしてるんだ」
 そう言って引き出し式になっているショーケースから、二つのブレスレットを取り出した。三本の細い革紐が、別の革紐で結びつけられているシンプルなものだった。それでも、一本一本の革紐の色が微妙に違っていて、二つ並んだブレスレットも微妙に色合いが違った。そのうちの、細い方を腕に通してみる。
「うん、お客さんは腕が細いから違和感があるかも知れないけど、そのうち馴染んできますよ。色はばっちり似合ってる」
 そう言われ、鏡に映してみた。確かに、細い革紐なのに存在感があって、私の貧相な腕には少し目立つけれど、革が柔らかくなってくれば馴染むだろう。
 もう一本の、少し輪が大きい方を手に取る。智樹の腕の太さなんて、分からない。
「ここを引っ張ると輪が縮むし、逆にここを引っ張ると輪が拡がるから、サイズは気にしなくて大丈夫だよ」
 まるで私の思考を見透かしているような店員の言葉に少々驚き、でも値段も手ごろだし、何しろお揃いの物が持てると言うのはとても嬉しい事だし、気付いた時には二本を手に持って店員に渡していた。
 大きい方の一つは、箱に入れて和紙のような手触りの紙で包み、革紐をリボンにしてくれた。もう一本は小さな袋に入れてもらい、店員にお礼を言って店を出た。

 去年は拓美ちゃんが、森先生に何をプレゼントするか悩んでいるところを見て、女の子だなぁなんて思ってたけど、まさか自分がその立場になるとはなぁと苦笑してしまった。
 家に帰る途中、何度も何度も紙袋の中に目をやり、綺麗に結ばれた革紐が崩れていないか、確認した。


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