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朝日に落ちる箒星
【大人 恋愛小説】

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26.矢部君枝-1

「二度目だね、クリスマス」
 そう言って繋いだ手をぎゅっとしながら顔を覗き込む。そこには去年と同じ、彼の笑顔があった。
「去年は君枝と付き合うなんて思いもしなかったけどな。まぁ俺はあの頃から好きだったけど」
 言ってる傍から顔が引きつって、真っ赤になっていて、それが可笑しくて声を上げて笑ってしまった。
「そのデレ顔、どうにかした方がいいよ。動揺が丸見えなんですけど」
「仕方ないだろうが、こうなっちゃうんだから」
 拗ねている子供のような口ぶりもまた可笑しい。
 スーパーで小さめのオードブルと、お酒を買った。誕生日の時にケーキを買ったお店で、今日はショートケーキを二切れ買った。私はプレゼントの小箱を鞄にしまったけれど、革紐がずれてしまっていないか心配で仕方が無かった。智樹の家に着いたらまっさきに鞄の中を整理しようと決めた。

 結局、プレゼントは綺麗に原型をとどめていて、鞄の一番端っこに、上に何も被らないようにして置いた。
「あれ、電話だ」
 智樹がデニムのポケットから携帯を取り出し、あからさまに顔を顰めた。「星野だ」
 携帯をぱかっと開き、何かのボタンを押し、閉じた携帯をテーブルに置いた。
 オードブルをテーブルに並べ、私は戸棚に入っているワイングラスを手にテーブルに戻ってくると、智樹の携帯がランプを点滅させながら震えている。
「智樹、電話だよ」
 裏返しになった電話は震えながらテーブルの上を回転しようとしている。それをひょいと取り上げて液晶を見た智樹は「まただ」と言って何かのボタンを押す。
「着信拒否?」
「そう。今日は誰と過ごすのかとか、身体空けとくとか、しつこかったんだよ」
 その言葉を遣り過ごし、支度をしていると、今度は短く震える音がした。
「どうせあいつからのメールだろ。いいよ、しかとで」
 そう言ったのだが、あまりにも連続して聞こえてくるメール着信の振動に痺れを切らした智樹は携帯を手にし、内容を確認した。
「くっだらねぇ」
 そう言って、電源が切れる、長い振動音が鳴った。
「いいの?他の人から電話来るかもよ?」
 そう言う私の頭に手をぽんぽんと置き「今日は君枝だけでいいの」と言った。顔を見せないという事は、きっとデレ顔をしているに違いない。そんな私も嬉しくて真っ赤になっていたから、お互い顔を見なくて正解なのだけれど。

「このサーモン、おいしい」
 そう言うと、智樹は口を開けている。「何?」訳が分からず訊ねるが、口を開けたままで、ようやく訳が分かった時には彼は耳の先まで真っ赤だった。
 私はオリーブをサーモンで巻いて箸でつまみ、彼の口に入れてやった。
「ホントだ、うまい」
 ニヤっとして、白ワインを口にしている。何だか今日の智樹は飛び切り幸せそうに見える。一歩先に彼が行ってしまったようで、戸惑った。
「ねぇ、今日はどうしたの? 何か様子がおかしいよ。良い事あった?」
 すると彼は目を伏せて「えへへ」と口に出して笑った。ちょっと、気持ち悪い。
「俺の彼女が、他の男に告白される場面に遭遇して、俺は嬉しかったんです。俺の彼女は魅力的なんだって事が再確認できてね。嬉しかったんです」
 そう言うと、ワイングラスに入っていた白ワインを一気に飲み干したので、私はボトルからワインを注ぎ足した。
 きっと星野さんから「あんな彼女」とか言われていたんだろう。それが、別の男に告白されるような彼女なのだから、智樹は少し自信を持ったのかも知れない。まぁ、私にとっては失礼な話だけれど。本当に嬉しそうだから、嬉しさが空気感染してきて、私も嬉しい。妙な気分だった。
「今日はだらだらと呑むだろうから、今のうちにクリスマスプレゼント、渡しておこうかな」
 智樹は立ち上がると、珍しく棚ではなくて押入れに歩いて行った。そこから白い紙袋を取り出すと、こちらへ戻ってきた。ずいと無造作に袋ごと渡されて、私は中身を覗いた。小さな白い箱に、細い水色のリボンが十字に掛かっていた。
「中、見てもいい?」
「勿論」
 私は大事に大事にその箱を袋から取り出し、割れ物でも扱うように慎重にリボンを解いた。蓋を開けるとそこには、小さなジルコニアが円形に配置されたネックレスが入っていた。
「わぁ、またアクセサリーだ」
「また、で悪かったなぁ」
 口を尖らせながら、対面の席まで手を伸ばし、ワイングラスを手に持った。
「またってのはさ、自分ではアクセサリーってなかなか買わないから、またアクセサリーで嬉しいって事」
「御託を並べてないで、試着してください」
 ワインを一口呑んで、にやりと笑った。やっぱり今日のテンションは少しおかしい。
 細いチェーンを手に持ち、首にまわす。「どう?」と言うと彼はまたニヤっとして、洗面所に駆けて行き、手鏡を持って来た。
「見て」
 手渡された手鏡に映った自分とネックレスを見て、それまで持ち上がっていた頬がもっと持ち上がって、これ以上ないぐらいの笑顔になった。
「ありがとう、智樹」
 私はそのネックレスを、丁寧に外して箱にしまった。
「しまっちゃうの?」
「だって、大事なんだもん」
 そう言うと「ちゃんと普段から身に着けてよ」と釘を刺したので「分かった分かった」と機嫌の悪い子供を諌めるみたいに頭を撫でた。


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