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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第4話-6

「水越さんは…俺の事全然信用してくれてないんだな」
「先生の事を信じてないんじゃありません。私は、私自身が信じられないだけです。いつも…思うの。先生は、私なんかのどこがいいんですか?」
感情のままに、自分の思いの丈をぶつけてしまいそうになる。圭輔は気を鎮めるように一息吐くと、
「…今日、何か変。いつもの水越さんじゃないよ」
しかし、彼女の返答はけんか腰だ。
「普段の私なんて、大して知らないくせに…。私も、先生の事なんてほとんど何も知らない」
懸命に抑えていようと努めていたが、またつい声を荒げてしまう。
「何なんだよ、一体…。俺にどうして欲しいわけ?」
運転中で、圭輔の顔は確認できないが、その声音には静かだが明らかに怒気を孕んでいた。
英里は俯いたまま、ぎゅっとスカートを握り締める。
心の中の自分は謝りたいと思っているのに、どうしても口がいうことをきいてくれない。
「本当は、私なんてうっとうしいと思ってるんでしょう?いつもこんな憎まれ口ばかり叩いて。もう…ここで下ろしてください。1人で、帰れますから」
一方的に言い放つと、顔を背けて、英里は圭輔の方を見ようともしない。
「家までは絶対送る。…これ以上、何かあったら心配だから…」
感情を押し殺すように、圭輔はそう告げた。
「…。」
こんな態度を取った後でも優しい彼に、英里の胸は締め付けられるように切なく疼くのだった。

―――売り言葉に買い言葉。
圭輔と別れた後、英里の胸には当然深い後悔が渦巻いていた。
結局渡せなかったチョコレート。
乱暴に包みを開けて、中箱のふたを開けると、決して形が良いとはいえないチョコレートが収まっている。
まるで、今の歪な自分そのもの。
胸が張り裂けそうな位に苦しくなる。
それと同時に、涙がじわじわと込み上げてくる。
ぽたりぽたりと、涙が頬を伝って雫が手の甲に落ちる。
堪えきれず、嗚咽を漏らして英里は涙に暮れる。
力任せにチョコレートを割ると、一欠けら摘み上げて、口に入れた。
…苦い。
彼はきっと甘い方が好きだと思って甘くしたつもりだったのに、まだこんなに苦い。
こんなもの、あげなくて正解だった。
泣き笑いを浮かべながら、英里は自棄になったかのように、次々と苦いチョコレートを口に放り込んでいく。
しょっぱい涙の味と混ざって、
「ほんと、まずい……」
先生は、わざわざ自分を助けに来てくれたのに、つまらない嫉妬心で怒らせてしまった。
つい意地を張ってしまった。自業自得だ。
そのせいで、大切なものを失くしかけている。
もしくは、もう失くしてしまっただろうか?
(いつもの私が、どれだけ醜い感情を抱きながら、貴方と付き合っているかなんて知らないくせに。知ったら、私を軽蔑するでしょう?嫌いになるでしょう?)
自分自身ですら受け入れきれていない大嫌いな自分を、他人が受け入れてくれるなんて今の彼女には到底思えなかった。



翌朝、英里はいつもより30分以上早く学校に着いた。
昨夜図書室の鍵を返さないまま帰ってしまったからだ。
「おはようございます」
軽くお辞儀をして、英里は職員室に入る。
数名の教師が、朝から忙しく何やら準備をしている。
その中には、圭輔の姿もあった。
一瞬目が合うと、彼は表情を変えず、露骨に顔を背けた。
どうやら、かなり怒っているようだ。
…鍵を返し、英里は静かに職員室を出て行く。その後姿を、圭輔はそっと見つめた。
彼にしてみると、これでも昨夜に比べればだいぶ苛立ちは収まった方だ。
こんなに彼女の事が愛おしくてたまらないのに、あんな風に一方的に拒絶されて。
彼女も、自分の事を愛してくれているのではなかったのだろうか。
自分にだけ、あんなに愛らしい一面を見せてくれていたと思っていたのは自惚れだったのだろうか。
彼女の見える部分と見えない部分の乖離が大きすぎて、何が正しいのかわからなくなってくる。
圭輔は、目を伏せて溜息を吐いた。

教室に入ると、朝の静けさは夜とはまた雰囲気が異なり、清々しくて、沈み込んでいた英里の気持ちが、少しだけ穏やかになる。
自分の席に着いて、机の上に突っ伏す。
(どうしたんだろう…本当に)
自分の性格の悪さは自覚していたつもりだが、今までこんなに相手に意地を張ったりする事なんてなかった。
大抵、自分が譲歩していたからだ。今までは自分の気持ちを殺すなんて至極簡単な事だったのに。
どうしても、圭輔に対してはそれができない。
しかも、今朝は1時間目から数学だ。
圭輔から、きっとさっきのような冷たい視線を浴びせられるのだろう。
思い出すと、英里は切なげに目を伏せた。長い睫毛が悲しみに震える。
どうせ自習ならば、もういっそ授業なんかサボってしまおうか。
そう決めると、英里は再びコートを着込み、時間が早すぎてまだまばらにしか生徒が集まっていない教室をそっと後にした。

1限開始のチャイムが鳴り、圭輔は内心の不機嫌さなど微塵も悟らせないようないつもの穏やかな表情で、教壇に立つ。
今日の自習プリントを配りながら、すぐに違和感に気付いた。
…彼女がいない。
「すぐに戻りますから、各自自習していて下さい」
配布を終えた後、圭輔は、出席している少数の生徒にそう告げると、教室を出る。
1人の生徒のために、他の生徒達を置き去りにするなんて、公私混同もいいところだ。
それでも、彼女を探さずにはいられなかった。
彼女がいそうなところで考えられる場所…まず図書室しかないだろう。
だが、予想に反して彼女はいなかった。よくよく考えれば、授業時間中にここにいれば、授業に出ていないと一目でわかってしまう。


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