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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第4話-5

校舎を出ると、きんと張り詰めるように澄んだ冷たい空気が彼女の体を包む。
口元あたりまでマフラーを巻いてもまだ寒い。
重い足を引き摺るように、1人、駅までの真っ暗な坂道を下る。
一度だけ校舎の方を振り向いて、職員室の明かりを見つめる。
あれ以上会話を聞いていられなくて、あの場から逃げ出した。
本命という事は、保健の先生も彼が好きだという事で…自分と彼女とではまるで勝負にならない。
今頃、あの2人はどんな会話をしているのだろう。考えただけで醜い嫉妬心が沸き起こると同時に、そんな自分自身にも嫌気が差した。胸がぎゅっと掴まれるかのように切なく痛む。
込み上げてきそうになる涙を、零れないよう必死に堪えながら、とぼとぼと歩いていると、物思いに囚われていて気付かなかったのか、何だか自分の背後からひたひたと足音が聞こえる。
(さっきまで、私一人だったのに、いつの間に…?)
初めは、特に気にしていなかったが、少しだけ、歩く速度を速めると、背後の人物もそれに合わせて早足になっている気がした。どうも一定の距離を保って後をつけられている。
そう自覚した途端、ぞわりとした冷たい感覚が背筋に走る。
他に人気はない。辺りにはぼんやりとした頼りない街頭だけ。
歩きながら携帯を取り出し、圭輔に電話しようとするが、一瞬躊躇う。
先程の光景が脳裏を過ったからだ。あまり迷惑を掛けたくはない。
だが、今歩いている道は、ちょうど駅と学校のちょうど中間点くらいで、ますます人通りはなく、他に助けは求めるなんてできそうにない。
已むを得ず、英里は相変わらず早足で歩きながらも、圭輔に電話を掛けた。

…再び職員室内が自分1人だけの空間に戻った後、圭輔は自分の腕時計にちらりと視線を落とした。
もうすぐ、時計の針は9時を回ろうとしている。
そろそろ彼女が来ても良い頃。むしろ遅い位だ。
もしかすると、何かあったのかもしれない。図書室の方へ直接様子を見に行こうかと思うと、彼の携帯が鳴り出した。
カバンから取り出すと、ディスプレイには英里の名前があった。
「…水越さん?どうかした…」
『…先生、誰かが後ろから付いてくるんです…』
電話越しの不安気な英里の声を聞くやいなや、圭輔は血相を変えて思わず席を立ち上がった。
「今どこにいるんだ!?」
『学校の、坂道のところ…駅までまだだいぶあるから…どうしよう…』
すぐさま、圭輔は英里の元へと急ぐ。車ならすぐ、英里の姿を見つけられた。
「水越さんっ!」
「…先生…」
英里は、薄暗い街頭の下にぽつりと1人で佇んでいた。
圭輔の顔を認めると、彼女は微かに安堵の表情を浮かべる。
「大丈夫か…?」
「あ、はい…先生に連絡したのを知って、いなくなったみたいで……すみませんでした」
その返事を聞いて、ひとまず圭輔は胸を撫で下ろす。
「とりあえず、車乗って…」
英里は大人しく、助手席に乗り込む。それを確認すると、圭輔はゆっくり車を発進させた。
「だから前に言っただろ、気をつけろって!こんな遅い時間に何で一人で帰ろうとするんだよ」
びくりと、小さく英里は肩を竦めた。
珍しく、彼が怒っている。
萎縮してしまった英里は俯いたまま、口を開かない。
そんな英里の様子に、圭輔は優しく彼女の頭を撫でる。冬の夜の寒気で、髪の毛がまだひんやりと冷たい。手の平から伝わるその温度が、圭輔に少し冷静さを取り戻してくれた。
彼女を責めても仕方のない事だ。
「ごめん、きつく言って…怖かったよな。とにかく無事で、良かったよ……」
「いえ、ごめんなさい…。今度から、駅から自転車で通う事にします。そしたら、帰り下り坂だし逃げ切れるかも…」
「そういう問題じゃないだろ…」
圭輔も少し落ち着いたのか、呑気な英里の言葉に深い溜息を吐く。
「……俺がいるの知ってただろ?何で先に帰ったんだ?」
英里の顔が強張る。今、一番触れられたくないこと。
すぐに、返事はできなかった。
しばらく沈黙が続き、彼女は少し悲しげな表情を見せた後、
「…邪魔、しちゃ悪いかと思って…」
「え?」
「だって、保健の先生と2人で話してましたし…」
「何だよ、そんなの、いちいち気にする事じゃ…」
「でも、私が入っていける雰囲気じゃなかった」
渡したくても渡せなかったもの。今日1日分の苛立ちが一気に噴出してしまう。
電話したら、すぐに駆け付けてくれて嬉しかった。まだろくにお礼も言っていない。
彼は何も悪くないのに。本当はこんな事言いたくないのに。
呪わしいほどこの口は、いつも自分の意志を裏切ってしまう。
「私なんかよりよっぽどお似合いです…」
「っとに、さっきから何言ってんだよ。あるわけないだろ?」
「…私が最初に好きだって言ったから、面白半分で付き合ってくれただけなんでしょう?」
それまであまり相手にしていなかった彼も、さすがにこの台詞は聞き捨てならなかった。
「俺が気まぐれで付き合ってるとでも思ってんの?」
静かに圭輔は言い放つ。
「だって、私なんか…良いところなんて何もないし…」
「“私なんか”って何?」
英里の言を遮って鋭い声を放つ。こんなに咎めるような口調は初めてだ。
今、謝れば、冗談だと許してもらえるんだろう。
だが、生憎そんなに器用な性格には出来ていない彼女だ。
口を噤んだまま、俯く。
すぐに俯いてしまうのは彼女の癖。
しかし、それでは急にこんな話を振られた身の圭輔としては、到底納得いく筈もない。
無事だった英里の姿を見て、どれだけ安堵したかわからない。
それ程、彼女はかけがえのない、大切な存在なのに。


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