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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第4話-7

それから思い当たるところを何箇所か周り、学校の屋上へ。
重たい鉄製の扉を開いた瞬間、強く吹き込んできた冷たい風が頬を容赦なく撫でる。
その頃には、彼女は早退してしまったのではないかとも思っていたが、屋上の周囲を見渡すと、隅の方に蹲って座っている1人の女生徒の姿があった。
あんなに伸ばしているのは珍しい位の長い黒髪が、風に靡いている。
体育座りをして、少し俯き加減の彼女は、眠っているのか、圭輔が傍まで歩いていっても、全く反応を示さない。
しゃがんで、目を閉じている彼女の顔を正面から見つめる。
この寒さのせいか、鼻の頭と頬、そして目元がほんのり赤く染まっている。
伏せられた目蓋を縁取る長い睫毛に、白い肌に映える肉感的な赤い唇…見惚れてしまう程に愛おしくなる。
昨日は、何のつもりであんなに突っかかってきたのか、一晩経っても彼にはわからなかった。
「何でいっつも強がりばっかり言うんだろうな」
圭輔は、独り言を呟きながら、無防備過ぎる彼女の唇に軽く口付けた。

…温かい感触が、冷えた唇に触れたような気がした。
少しだけ反応を示すが、気のせいだろうと思い、英里は再び眠りに就こうとする。
昨夜は泣きすぎて、あまり良く眠れなかったのだ。
「おーい。起きろ」
しかし、彼女の眠りを妨げる声と同時に、また額にいつかの痛みが…。
ぺちっと、小気味良い音を立てて、圭輔は軽く彼女の額をはたく。
「いたっ…!…あれ、先生…?どうしてここに…」
眼鏡を外しているせいでよく見えないのか、英里は目を細めて、圭輔の顔を見つめる。
眼鏡を掛け直して改めて見直すと、彼女と同じ目線の高さでしゃがみこみ、膝の上に頬杖をついている仏頂面の圭輔の顔があった。
「それはこっちの台詞だっつの。ここで何してるんだ?」
「え、えっと、その…」
「俺の授業を堂々とサボろうとは、なかなか可愛い事してくれるな?」
「…ごめんなさい、すぐ戻ります」
圭輔の貼り付けたような笑顔の下にうすら寒いものを感じて、英里は逃げようとするが、彼はすれ違いざまに彼女の細い手首を掴む。
「放課後、生徒指導室に来なさい。必ず」
これは、教師の彼の言葉。英里も、生徒として神妙に頷く。
「…はい…」

―――放課後、英里は大人しく生徒指導室へと向かった。
真面目な生徒の模範であるような彼女にとって、こんな場所に赴くのは初めてだ。
「失礼します」
静かに挨拶をして中へ入ると、もう圭輔は来ていて座っていた。
少し、厳しい雰囲気を漂わせている。
いつも穏やかで温和な先生の印象はそこにはない。
英里も真面目な優等生としての毅然とした態度で接する。
「今日は、すみませんでした」
「これ、全部終わったら帰っていいから」
課題プリントが10枚、机に置かれている。
ざっと問題に目を通す。ほとんどが基本的な問題だった。1時間もすれば終わるだろう。
「わかりました」
英里は短く返事をすると、圭輔の対面に座ってすぐさま課題プリントに目を落とした。
圭輔は、そんな英里の様子を静かに見つめる。
過去のとある体験により、彼女は基本的に教師を嫌っている。
普段の教師と接する優等生の彼女の態度は、こんな感じなのだろうか。
もし、自分と付き合っていなければ、彼女のいろいろな表情も見る事はなかった。
きっと、扱いやすい生徒の一人だとしか思っていなかっただろう。
無言のまま時が過ぎ、英里が最後の1枚のプリントに取り掛かろうとした頃を見計らって、圭輔は躊躇いがちに口を開く。
「水越さん」
「はい」
彼女は、顔を上げて真っ直ぐ圭輔の目を見つめる。
いつもは恥ずかしがってあまり目を見ようとしない彼女にしては珍しい。
隙のない、睨むような、挑発的な視線。
初めて出会った頃の彼女を思い出す。
彼女の印象を薄くしてしまう瞳の翳りはどこにもなく、惹きこまれそうになるような、強い視線。
夕焼けの紅が、見詰め合った教師と生徒の姿を淡く照らし出す。
「あの、昨日は…ごめん。俺も、むきになりすぎた」
「え…?」
急に、普段の圭輔の口調に戻り、英里は戸惑った。
彼は悪くないのに、いつも先に謝ってくれる。
彼女からも謝るきっかけを作ってくれた、それに甘えたいのに、できない。
また、意地を張ってしまう。
「…謝らないで下さい。先生は、何も悪くないんですから」
下を向き、再び問題の続きに取り掛かり始めた。
「じゃあ、何をそんなに怒ってるんだよ。言っただろ、話してくれないとわからないって」
「…。」
今となっては、何故そこまで意地になってしまっているのか彼女自身にすらよくわからなかった。
圭輔は若干苛立ちを感じていたが、今日は何とか感情を抑え込んで、静かに呟く。
「昨日、お互いの事ほとんど知らないって言ったよな。俺達の距離が縮まった気がしないっていうなら、水越さんのせいだ。いつも本音を隠したままで、何も話してくれない」
課題をしていた英里の手がぴたりと止まる。そのままゆっくりと顔を上げると、
「そうですね、わかってます。全部わがままな私が悪いんです。私ももうすぐ卒業ですし、お遊びはお互いこれでお仕舞いにしましょう。……先生の事なんて、もう好きじゃないから」
刹那、二人は無言で見つめ合う。息苦しい程長い静寂に感じられる。
口を結んだ直後、今までで最大級の後悔が彼女を襲っていた。
決定的な一言。恐らく、何を言ってももうきっと許してもらえない。
「……課題、全部終わりましたから帰ります。今日は本当にすみませんでした」
ドアを開けて、英里は出て行った。
沈み掛けた夕陽に照らし出された、整った無機質な横顔は、まるで初めて彼女に出会った時のようだった…。


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