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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第4話-4

…本当に、心が狭い。
自分の付き合っている人はこんなに多くの人から好意を寄せられていて、そんな素敵な人と付き合っているのは私なんだと、悠然と構えていられればいいのに、それができない。
どうして、彼は自分となんて付き合ってくれているのだろう。
他にもっと彼に似合う人がいるのではないだろうか。
最初に、告白したのが自分だったから、付き合ってくれているだけなのかもしれない。
彼の隣にいるのは、もしかしたら、自分じゃない他の誰かだったのかもしれない…。
考え出したら止まらない鬱屈した思考のループ。
ドラマや少女漫画のような綺麗な恋に憧れていたわけではないが、いつもこんなにどろどろした感情ばかり抱いてしまう自分が嫌になる。
教壇の前の圭輔の方を見つめる。いつも通りの穏やかな笑顔。
いつまでも、彼に片思いしているような気分だ。
切ない思いが込み上げる。
―――次々と女生徒から手渡されるチョコレートを、圭輔はいつもの笑顔で受け取りつつも、視界の端には英里の姿があった。
これだけの人がいても、彼の視界では、英里の姿だけが際立っている。
何でもないような表情を装っているが、熱い視線が注がれているのを感じる。
以前の図書館での情事以来、また3ヶ月近く関係を持っていない。
彼女は、自分から求めてくるような性格ではないというのはわかっている。
だからといって、自分から求めるのも躊躇ってしまう。
付き合い始めた頃は、卒業するまで彼女に手を出さないと自分の中で誓っていた。
その誓いを破った今、必死に自制をしているつもりなのだが、それはむしろ逆効果なのかもしれない。
たまの触れ合いが甘美で情熱的過ぎるためか、彼女を求めすぎてしまいそうになる。
教室にいる、ただの教師と生徒の関係であらねばならないはずの今でも、あんな瞳で見つめられると、すぐにでも彼女を抱き締めたくて仕方ない衝動に駆られているのだから。
不意に圭輔と目が合って、英里は慌てて顔を背けた。
…彼がこんなに彼女を思っていても、皮肉にも、2人の心は微妙にすれ違っているのだった。

図書委員の仕事を終え、英里はのろのろと職員室へ続く廊下を歩いていた。職員室に近付く度に、足取りが重くなるような気がする。
圭輔は、まだいるのだろうか。
鞄の中には、情けない事に今日1日掛かっても未だに渡せていない例のものが入ったまま。
どういうタイミングで渡そうか、脳内で何度もシミュレーションを重ねていた。
これが、最後のチャンス。うるさい程鳴り響く鼓動を静めようと、英里は一度深呼吸をした。
職員室のドアの前に着くと、話し声がする。
1人は圭輔の声で、もう1人は…この高校の保健室の先生だった。



今日も、英里が図書委員で遅くなる日だ。
圭輔は残っている仕事を出来るだけ片付けるべく、自分のデスクに向かっていた。
この前の期末テストの採点がまだ終わっていない。
8時半を過ぎ、そろそろ英里が鍵を返しに来る頃だろうと時計を見ると、タイミング良く職員室のドアが開く音がした。
「あら、先生。まだ残っていらしたんですか?」
しかし英里ではなく、保健室の常勤の女性だ。
20代後半の彼女は、大人の色香が漂う美人だと生徒だけでなく、教師の間でも評判だった。
「いえ、もうそろそろ帰ろうとしていたところで。先生こそ、遅くまでお疲れ様です」
「あぁ、そうだ。長谷川先生、これ」
大人の女性らしく、昼間に貰った生徒達のものとは異なり、シックな包装紙のチョコレート。有名なブランドのものだろう。
最近菓子作りも趣味となりつつある彼は勿論菓子好きでもあるので、よく承知している店のものだ。
「受け取って頂けます?」
「あ、どうもありがとうございます」
今日幾度目かの笑顔を見せて、圭輔は素直に受け取る。
結構値が張りそうなものだが、せっかく用意してくれたのなら、無下に断る必要もないだろう。
「一応、先生の分だけは本命ですから」
にこりと、自分の一番美しい表情の魅せ方を熟知しているような、麗しい笑顔を見せる。
圭輔はそれを受け流すかのように、
「そうですか、それじゃあお返しははずまないと。有難く頂戴します」
相変わらず貧乏生活の自分には少し痛い出費だという、内心しみったれた事を考えている様子などおくびにも出さず、いつもの穏やかな表情で会釈する。
喜びも動揺もしない彼に脈なしと察したのか、はたまた本命だというのは冗談だったのか、彼女は浅くお辞儀をして、職員室を後にした。
圭輔にとって、たとえ彼女が誰もが思わず振り返るような美人だったとしても今は関係ない。
彼女と会話を交わしながらも、気に掛かるのは昼間に英里が見せたどことなく憂いを帯びた表情。
…早く、彼女の顔を見たい。



職員室のドアの前に佇んだまま、英里は動けなかった。
ドアの上部の窓の向こうに、一対の男女の姿が目に映った。
(先生…?)
鍵を返さないといけないのに、入っていけない雰囲気。
保健室の先生。以前、倒れた時にとても優しく接してくれた、女生徒にも慕われている彼女。
美男美女の2人だから、すごくお似合いだ。
同じ職場の同僚で付き合い始めて…教師と生徒という関係よりも極めて自然な流れ。
圭輔が、自分と一緒にいる時より、格段に大人の男性に見える。
一緒に居る人がその人の価値をより高めてくれるとすれば、逆に自分は彼を貶めているのではないだろうか。
自分といる事が、彼に何の価値を与えているというのだろう。
またそんな悲観的な思いが、彼女を苛む。
こんなところで2人の会話にひっそり聞き耳を立てている、自分の姿がとても惨めで浅ましく思われて、図書室の鍵を握り締めたまま、英里は職員室を後にした。


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