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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第4話-3

あまりにも意外な表情で英里が問い返してくるので、少し圭輔もうろたえた。
2人きりで、とそう強調して言われると、何だか面映い。
あと数ヶ月で付き合い始めて2年経つ。
もうそろそろいいだろうと思って誘ったのだが、そんなにおかしな事を言っただろうか…。
事実、目の前の英里は思い悩んだ表情をしている。
圭輔は英里を見つめていると、彼女はおずおずと話を切り出した。
「あの、私、今まで友達同士とかでも旅行なんて行った事なくて…それで…」
「…嫌?」
「いえ、その…母が、許してくれるか…」
「あ、そうか…」
相変わらず、彼女の母は彼にとっての高いハードルだ。
諦めようかと話を切り出そうとした圭輔の様子を察してか、英里は慌てて、
「でもっ…!ちゃんと説得します。誘ってくれてすごく嬉しかったから…先生と旅行、行きたい…」
目を輝かせて、必死に訴えかける彼女を見ると、また胸の内に熱い衝動が込み上げるが、それを圭輔は必死に押し留めた。
仮にも、今日はこれだけでいいと彼女に宣言したばかりなのだから。
「どこか、行きたい所ある?」
「いつも私が行きたい所を優先してくれるから、今回は先生の好きな場所に連れて行って欲しいです」
「そっか、じゃあ考えとくよ」
「はい。ケーキ、ありがとうございました」
「…家まで送ろうか?」
「大丈夫です、ここから駅すぐですから。それじゃあ、また明日」
嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、英里は圭輔のアパートを後にする。
この時、英里の胸には一つの決意があった。

―――先週、友人と一緒に買い物に行った時の事。
もうすぐあのイベント目前という事で、店内には甘いチョコレートの香りと個性豊かな色とりどりの包装紙が飛び込んでくる。
「英里はチョコ買わないの?」
「…あげないけど?」
「えー、つまんないのぉ…何で?例の遠恋のカレシにあげないの!?」
「興味ないよ。そっちこそ、あげる相手もいないくせに」
「何言ってんの、とりあえず女子としては外せないイベントじゃない……って、あげる相手くらいいるし!」
「ハイハイ」
憤っている彼女を適当にあしらって、英里は改めて売り場を見渡した。
確かに、こうやって眺めているとよくわからないが購買意欲をそそられる。
しかし、圭輔はチョコレートなんて欲しがるだろうか。
自分で作りたがりそうだ。むしろ、逆に英里の方が貰ってしまうかもしれない。
手近にあった、チョコレートの包みを1つ手に取ると、英里は溜息を零した。
それに、きっと圭輔は女子生徒からたくさん貰うだろう。
馬鹿みたいに扇動されて、その他多数と同じ行動を取ったりするのは嫌いだ。
どうせ同じ食べ物なのだ。特別に自分があげる必要もない。
…今更、チョコレートなんて照れくさくてあげられる筈もない。
(ホント、捻くれてるなぁ私って…)
そう思いながら、英里は売り場から少し離れて、楽しそうにしている女の子達を遠巻きに眺めていた―――。

満員電車に揺られながら、英里はその時の光景をぼんやりと思い返していた。
さっきの話からすると、彼はどうやらお菓子作りはまだ始めたばかりのようだ。
あの時はチョコレートなんて自分は絶対にあげないだろうと思っていたが、手作りなら…?
バレンタインまではたったの一週間しかない。
どれだけ上達できるかわからないが、とりあえずやってみようか…。
そう考え出すと、受動的な彼女にしては珍しく、今すぐにでも動き出したい気分になる。
電車を降りると、早速自宅近くの小さな本屋に寄って、お菓子作りの本を数冊買い込む。
彼には、いつも幸せな気持ちをもらってばかりなのだ。
普段何もない時に贈り物をするなんて照れくさいが、この機会に合わせて、感謝の気持ちを込めて贈り物をしてみるのもいいかもしれない。
新しい事を始めるのに胸を躍らせながら、英里の顔は自然と綻んでいた。



…今日は、ついに2月14日。
英里はそわそわと、学校までの長い坂道を登る。
昨夜は例の作業が思いの外遅くまで掛かってしまって、眠さと寒さを必死に堪えながら歩く。
分厚い眼鏡がなければ、冬の寒風が寝不足の目にもっと沁みた事だろう。
自分の不器用さ加減を恨むしかない。
しかし、今更ながら、無性に恥ずかしくなってきた。
突然、こんな普通の女の子みたいな事をして、彼にひかれたりはしないだろうか。
学校までの坂道、この3年間、通い詰めたこの道を、白い息を吐きながら登る。
校門の前に、圭輔が立っている。今朝は彼が遅刻者チェックの当番のようだ。
こんな人目に付くところで、あれを渡すのはまだ勇気が出ない。
笑顔で挨拶をしようとした瞬間、彼の足元に何やら堆く積まれている色とりどりの包装紙の山に複数の紙袋。
思わず、英里の表情が険しくなる。
「水越さん、おはよう」
「…おはようございます」
笑顔の圭輔の視線を避けるように、俯いたまま英里は彼の隣を通り過ぎる。
こうなる事はある程度予測はついていたが、実際に目にするとつい腹が立ってしまう。
(何で受け取っちゃうのよ、先生のばーか…)
心中でひっそりと、普段、彼女があまり口にはしないような悪態を吐く。
それから、彼女のクラスの数学の授業後にも、かなりの女生徒からチョコレートを手渡されていた。その中には、彼女の親友の姿もある。
みるみるうちに、教壇の上にはチョコレートの山が出来上がっていき、両手で抱えきれない程にもなっていた。
彼女の苛立ちはますます募るばかりだ。
にこにこと愛想良く受け取っている彼の態度も、癪に障る。
(あんなに嬉しそうな顔してさ、やっぱり私のなんて渡さなくても…)
ふと、自分の矮小な考えに、英里は胸の奥が重くなった。
自分なら、こんなところで堂々とチョコレートなんて渡せないし、柄じゃない。結局は、素直で愛らしい彼女達に勝手に嫉妬しているのだ。


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