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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第4話-2

帰りの車内で、突然圭輔が話を切り出す。
「なぁ、今から少しだけでいいから時間ない?」
「え…?」
「いや、そろそろ研究の成果を披露したいかなぁと…」
少しはにかんで、もごもごと口ごもりながら話す。
「はぁ?何の事ですか?」
そんな圭輔の様子を愛しく思いながらも、英里は素っ気無く返事をした。
本当はしっかりわかっている。忘れるはずがない。
だが、素知らぬふりをしているのは、以前、夜の図書室で彼に意地悪されたほんのお返しだ。
まぁ、そう言ったところで彼は意地悪しただなんて微塵も思ってはいないだろうけれども。
「…そっか、じゃあ、いい…」
次の瞬間、ものすごく落ち込んだ声音で圭輔が話を終わらせようとしたので、英里は声を上げる。
「冗談ですよ!覚えてるに決まってるじゃないですか!私、すごく楽しみにしてたんですから!」
そう言いながら、慌てて圭輔の方を向いた。
クールな彼女にしては珍しく、無理矢理テンションを上げて明るく振舞うと、圭輔は小刻みに肩を震わせて笑い声を漏らしている。
「何だよ、しっかり覚えてるんじゃん」
吹き出しそうになるのを堪えながら、圭輔は不敵な笑みを見せる。
どうやら、演技していたようだ。
かぁっと、英里の頬に赤みが差す。
「…どうせ食い意地張ってますしね」
すっかりやり込められてしまって、英里はぷいっと、そっぽを向いた。どうもいつの間にか、彼の方が自分より何枚も上手になっている気がする。
「別にそんな風に思ってないって。…持って帰って食べてみてよ」
「ありがとうございます!」
その言葉で早くも機嫌を直した英里が、愛らしい笑顔を圭輔に向けた。
初めて圭輔の手料理を口にした時から、英里はすっかり彼の料理のファンなのだ。
英里の笑顔を見るだけで、圭輔は満たされた気持ちになる。
彼女は自分の事を捻くれていると思っているようだが、圭輔からすれば、こういう反応を見せられると逆に彼女はとても素直な子なのではないかと感じる。
以前の彼女は、どちらかというと穏やかな微笑を浮かべるに留まるのが多かったが、最近、彼女の無邪気な笑顔を見る機会が増えた気がして、自然と彼の顔にも笑みが零れた。

圭輔のアパートに着き、相変わらず狭苦しい部屋のソファに英里は腰を下ろした。
いつ来ても、中の様子はさして変わらない。夏からの変更点といえば、扇風機の代わりに電気ストーブが出されている位だ。
真冬だというのに、こんなにペラペラの薄いカーテンを使っているのだろうか。
英里は少し心配になって、思わず口に出してしまう。
「先生、風邪とか引かないように気を付けて下さいね」
「な、何だよ急に…」
「いえ、何となく…」
「何か腑に落ちないけど…ま、いいや。水越さん、ちょっと待ってて」
「あ、はい」
そう言って圭輔は台所に引っ込むと、ケーキを置いた皿を1つ持って戻ってきた。
「やっぱり、直接食べてるところ見たいというか…感想、聞かせて欲しいなぁと…」
少し照れ笑いを浮かべている彼が、何だか年相応でなく可愛らしい。
英里も思わず微笑んで、ケーキを受け取る。
「あんま難しいのはまだ無理なんだけど、とりあえずチョコレートケーキ」
以前、英里が圭輔にケーキを買ってきた時に、彼女が自分の分で最初に選んだのがチョコレートケーキだったからだった。
飾りっ気のない、シンプルなチョコレートケーキだったが、チョコレートの甘さと苦さのバランスが絶妙で、英里の舌の上でとろける。
「美味しい…」
じっくり噛みしめるように、英里はそう口にした。
幸せそうにな顔でケーキを次々と口に運ぶ英里の姿を、圭輔は穏やかな瞳で見つめながら、
「俺さ、ケーキなんて作ったのあの時が初めて」
と、口にした。
「…あの時って…?」
「水越さんの、誕生日」
「…え、あの時のケーキすごく美味しかったのに、作るの初めてだったんですか?」
「あぁ。あんなに嬉しそうな顔して食べてくれると思わなかったから…。何か俺、菓子作りにもハマりそうでさ。他に好きな菓子ってある?」
「え、えっと…お菓子は何でも好き…です」
というか、先生の作る物は何でも…、なんて台詞は恥ずかしくて口には出さなかったが、どうやら顔に出てしまったようだ。
「?どうしたんだよ、そんな真っ赤になって」
「いっ、いえ!何でもないんです!!すっごく美味しかったです」
気恥ずかしさを紛らわすかのように、英里はケーキの感想を告げた。
「ご満足頂けたようで何より。では、お代もきっちり頂かないと…」
にっこりと圭輔は微笑む。
「お、お代って…?」
そんな彼女の疑問を遮って、圭輔は軽く彼女の唇に口付けた。
突然の不意打ちに英里は思わず目を見開くと、軽く目を瞑った圭輔の端整な顔立ちが間近にあり、ますます胸が高鳴る。
圭輔の唇に、英里の柔らかい唇と、チョコレートの甘味を微かに感じる。
(…うん、我ながら上出来)
英里の唇越しに感じたケーキの出来に満足し、圭輔は彼女に口付けたまま、密かに口角を上げて微笑んだ。
彼が唇を離しても、英里は頬を赤くしたまま、少し呆けている。
(先生ってば、いつもいきなり…)
心の準備ができなくて困る。
まだうるさく鳴り響いている胸の鼓動を感じながら、英里はキスの余韻に浸る。
「今日は、これだけでいい。お礼は今度、もっといっぱいもらうから」
「いっぱいって、そんなにお金持って…」
冗談を真に受ける彼女を微笑ましく感じながら、圭輔は話を切り出した。
勿論、ケーキを食べて貰うというのも目的のうちだが、これから切り出す話は、実は今日の真の目的でもある。
「金なんか取らないって。今度、一緒に旅行でも行かない?…泊まりで」
「泊ま…り?先生と、2人きりでですか?」
「あ、当たり前だろ…」


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