投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 26 夕焼けの窓辺 28 夕焼けの窓辺の最後へ

第3話-3

「英里は?まだ1個しか食べてないじゃん。いつも一緒にたくさん食べるのに…もしかして、ダイエットしてるとか言わないよね?」
「え、違う、違う。そんなのしてないよ。えっと、私は…」
気を取られていたところに急に話し掛けられて、英里ははっと我に返り、メニューを見ているふりをした。しかし、やはり彼女の発言が引っ掛かっていた。
…体の、相性。
まだ、一度しか圭輔と関係を持った事がない英里には、友人の言っている言葉の意味が理解できなかった。
初めての時はとにかく、未知なるものへの不安・恐怖・羞恥・そして少しの期待…そんな感情がない交ぜになっていて、よくわからなかったとしか言い様がなかった。
聞いた事がないし、聞きたくもないが、たぶん彼にとって自分は初めての相手では無い筈だ。彼はもう少し冷静に自分を抱いていただろう。何もわからず、圭輔にされるがままに抱かれていたが、彼はどう感じたのだろうか。
もし、体の相性が悪かったとしても、自分は彼が大好きなのだから、それだけで別れたいだなんてきっと思わない。
…だが、彼は?
思えば、あれ以来一度も求められていない。ということは…。
俄かに、彼女の中で不安がむくむくと真夏の入道雲のように大きくなる。
それからも、友人は一方的に話を続けていたが、英里の耳に入っては右から左に流れ出ていく。
そのつもりはないのだろうが、友人はまたもや、彼女に不安要素を植え付けてしまったのだった。



「先輩、じゃあお先に失礼します」
「うん、お疲れ様。気をつけて帰ってね」
1年生の図書委員の男子が図書室のドアを開けて出て行く。
中学を卒業して半年。そんなに背も高くなく、まだまだ少年っぽさが抜けない、あどけない笑顔が可愛い後輩だ。
彼がいなくなり、辺りは完全に静寂に包まれる。
普段ならば同時刻に帰宅できるのだが、3年生になってから英里は図書委員長に就任したため、最後まで1人で残らなければならない曜日がある。
週に1度、9時頃まで、貸し出しカードや、返却された図書の整理をしなければならず、それが今日だった。
少し手間は掛かるが、こうやって1人でいる時間は落ち着くので、彼女は特に苦痛であるとも思っていない。
ようやく全ての作業が終了し、大きく伸びをした後、開け放したままだった窓を閉めに、窓際へと向かう。吹き込んでくる冷たい秋風の中に、微かに落ち葉の湿ったような匂いが嗅ぎ取れた。
深呼吸して、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと、身が引き締まるような気がする。
この高校は小高い丘の上に建っているため、街の灯を一望できる。
窓を閉める前に、少し身を乗り出して、秋の夜空を見上げた。秋の澄んだ空気の中、たくさんの星がきらめいている。
窓とカーテンを閉めて、図書室のドアも施錠し、彼女は図書室を後にした。
「失礼します」
図書室の鍵を返しに職員室の扉を開くと、カタカタとキーボードを打つ音が、静かな職員室の中に響いている。
その教師の姿が視界に映ると、英里の胸が、一瞬どきりと高鳴る。
「…あ、お疲れ様」
圭輔は振り返って、英里に穏やかな笑顔を見せる。
これはまだ、たくさんの生徒の前で見せる、教師の顔の彼。
「先生…まだ残ってるんですか?」
「今日、遅い日だろ?一人で帰らせるのも危ないし、待ってたんだよ」
「わ、わざわざ気にしてもらわなくても一人で帰れます…」
彼から目だけ逸らして、そんな憎まれ口を叩いてしまう。
言った傍から後悔が彼女の心中を渦巻く。また、大嫌いな自分が出てしまった。
本当は嬉しいのに、何故素直にありがとうの一言が言えないのか。
「いいんだよ、俺が送ってやりたいんだから」
もう英里の態度には慣れたのか、気を悪くするでもなく彼は、保存するからちょっと待っててと短く告げると、再び机に向き直った。
その間、英里はほんの少しだけ、昨日の友人との会話を思い返した。
体を合わせても、彼の態度は特に何も変わったところはない。
あの日の自分をどう感じたのだろうか。…そんな事、聞けるわけがなかった。
「お待たせ、帰るか」
振り返ると、立ち竦んだままの英里に、圭輔は優しく声を掛けた。

「先生、こんなに何度も送ってくれて、私達のこと、学校の人にバレたりなんて…」
「大丈夫だろ。俺が車で通ってる事知ってる生徒自体あんまいないし、他の先生方は用事ない限りは大体さっさと帰ってるし」
「そうですか…」
流れていく窓の外の風景を眺めながら、英里は圭輔に見えないように笑顔を零す。
本当は、彼女はこの時間が大好きなのだ。
学校でほとんど話せない分、こうやって彼と他愛無い話をするのはとても楽しい。
そして、車を運転している圭輔の横顔を時折横目で見ると、何だか幸せな気持ちになる。
この席は、今は自分だけの席なのだから。
…恥ずかしくて、こんな事は決して直接は告げられないけれど。
「この前、学校帰りに友達と駅前のケーキ屋さんに行ったんです」
「…水越さーん、下校途中の買い食いは校則違反ですよ、一応」
「あっ」
教師らしい口調でそう諭され、英里はうっかり口を滑らせてしまった事に気付いた。
彼が教師だという事を忘れているわけではないのだが、つい気が緩んでしまう。
「なんて、別にそんな堅い事言うつもりないけどな」
「…いいんですか?」
仮にも、その高校の教師なのに、と英里は続けると、
「だって、それぐらいの楽しみあったっていいだろ。俺もよく部活帰りにメシ食いに行ったりしたし。ま、他の先生の手前、大っぴらには言えないけどさ。で、どうだった?」
むしろ、教師がこうやって生徒の1人と懇意にしている方が問題だろうな、などと思いながら、圭輔は英里に問い返した。


夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 26 夕焼けの窓辺 28 夕焼けの窓辺の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前