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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第3話-2

英里は、一瞬だけ圭輔の方を見遣ると、再びそっと窓の外へと視線を移す。
教師になってまだ半年ちょっと経った位だが、それでも彼の授業はベテランの教師と遜色ない。むしろ、若さのせいもあってか、彼の授業は新鮮で、とても面白い。
嫌いな教師の担当の授業の時は、いつもうわのそらで窓の外の景色を眺めている事が多い英里だが、圭輔の授業の場合は、同じ行動を取っていても決して授業がつまらないからではない。
自分の憧れていた職業に就けているためだろうか、いつも颯爽と教壇に立つ彼の姿に、授業中とはいえ、つい心ときめいてしまう。
視線を逸らしてしまうのは、完全に心を奪われるのを防ぐため、とでも言うのだろうか。
顔を見ずとも、彼の声が耳に届くだけで、彼女の胸の鼓動が早くなる。
その位、教師嫌いだったはずの英里を、圭輔は虜にしてしまったようだ。
だが、そんな彼に惹かれている反面、たまに、英里は自分と圭輔の事を思うと劣等感に苛まれてしまう時がある。
彼は、何もない、つまらない自分から見て眩しすぎるのだから。
ひねくれ者で可愛げのない、こんな自分のどこを好いてくれているのだろうか。
付き合い始めてからもまだ少し自信がない。
自分が好きだという気持ちだけで、この関係は成り立っているのではないのかなんて、弱気になってしまうことがしばしばある。
…窓枠で切り取られた、澄んだ高い秋空を見上げる。
この季節だから、不意にこんな切ない気持ちに襲われてしまうのかもしれない…。

「えーいりっ!」
授業が終わった後、前の席に座る友人、穂積陽菜が、振り向きざまに明るい声で彼女に声を掛けてきた。英里にとって、親友と呼べるのは彼女くらいのものだろう。中学生の頃からの付き合いで、物静かな英里とは正反対の明るく溌剌とした彼女だが、何故かとても気が合っている。
「ん?」
カバンの中に教科書やノートを詰め込みながら、英里は返事をした。
「今日図書委員休みでしょ?一緒に帰ろーよ。で、新しく出来た駅前のケーキ屋さん寄ってかない?」
その言葉に、ぴくりと敏感に反応する。甘いものには目がないので、英里も勿論知っていた。
「あっ、私もそこ行ってみたかったんだよね」
「よーし、んじゃ決まり決まり♪」
友人は元気良く立ち上がり、そんな彼女の後に続いて、英里もゆっくり立ち上がった。

その店には、彼女らが通う高校から徒歩15分程で行ける。こじんまりとした店構えの、店内の内装も淡い色調で可愛いらしく、女性受けしそうなお店だった。実際、店内の大半を占めているのは女性客で、気ままにお茶を楽しんでいた。
手動のドアを開き、一歩店内に入ると、甘い香りと雰囲気が2人を包んだ。
「わぁ、噂通り、美味しいね!」
「うん、ホントに」
目の前に座る彼女は、ケーキを一口頬張るたびに、美味しい美味しいと感激しながら、くるくる表情が変わる。そんな彼女の笑顔は、英里から見ても愛らしく映り、少し、羨ましくなる。
「ん?どーかした?」
彼女の視線に気付いたのか、ケーキを口に運ぶ手を止めて、英里の方に目を向ける。
「…ううん、陽菜のも美味しそうだなぁって」
ぱっちりとした二重目蓋の大きな瞳にまじまじと見つめられて、英里は慌てて自分が注文したケーキを口にした。彼女は苺のミルフィーユを、英里は栗のモンブランを注文していた。
「うん、美味しいよ〜!でも苺が季節じゃないからちょいすっぱいかな〜。……と・こ・ろ・で、英里さん?」
彼女が含み笑いで英里を見つめた。
「な、何、いきなり?」
「前から言おうと思ってたんだけど…例の遠恋の彼氏と、もしかして…しちゃいました?」
「ち、違っ、そんな…!」
突然の友人の爆弾発言に、英里の頬が一気に赤く染まる。言葉では否定していても、虚を衝かれてうろたえたその様子は、肯定しているも同然だった。
「そんなわっかりやすい反応してるクセに…。だって、すごく綺麗になったもん」
「え?何も変わらないよ?」
「まぁ、英里は背高いし、前から結構大人っぽかったけど、最近特に色気が出てるというか…」
「ちょっと、何そのオヤジくさい発言…」
「でもホントにそう感じるから。英里そういうの鈍いから気付いてないだろうけど、クラスの男子とか絶対見る目変わってきてるよ?」
そう言うと、彼女は3つ目のケーキも平らげる。そして、まだ食べるつもりのようだ。メニューを見ながら、未だに赤面したままの英里をからかうかのように、
「英里をそんな素敵に変えてくれるカレシさんは一体どんな人なのかなぁ〜?」
冗談めいた言い方だったが、英里は閉口した。
勿論、貴女もよくご存知の長谷川圭輔先生です、などとは言えない。
たまに英里を惑わせるような発言をしてくれるが、親身になって相談に乗ってもくれる大切な親友。
そんな彼女にも遠距離恋愛だと偽り、打ち明けられないのは少し心苦しいが、こればかりはどうしようもない事だ。
彼に、迷惑は掛けられない。
「…それよりそっちはどうなの?」
話を逸らすように、英里は友人に話を振る。
「あー、あたしの事はいいのいいの。別れたから」
「また3ヶ月続かなかったね…」
英里は気を遣うように、声を潜めてそう言うが、彼女は大して気にもしていない様子で、
「うん、だいぶ冷めてたし。体の相性も悪いみたいだしね」
「…体の…相性?」
聞き慣れない言葉に、英里は思わず鸚鵡返しに問い返す。
「もう何かうっとうしくて感じてるフリもやめたから。…お、これ美味そう。季節限定商品だって」
「その人の事、好きじゃなかったの…?」
「んー、嫌いじゃないけど…大好きって程でもなかったかも。あ〜ぁ、誰かいい人いないかなぁ」
そんな英里の気も知らず、開けっ広げに友人は愚痴をこぼす。
どうやら、どのケーキを新たに注文するかも決まったようだった。


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