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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第3話-1

「…。」
その夜、長谷川圭輔は目を見開いて、天井を凝視していた。
相変わらず、薄い壁1枚隔てて響く、お隣の新婚さんの夜の営みの様子。
今夜もお盛んのようだ。
…しかし、そのせいで苦悶する男がここに1人存在するという事をいい加減察して欲しい。
(あ゛ーッ、ったく、明日も早いっつーのに寝られねぇし!)
枕を確と抱えながら、彼は布団の上で何度も寝返りを打っていた。
必死に眠ろうと目を瞑るが、隣の奥さんの艶かしい声が微かに耳に入ると、どうしても、自分の愛しい女性の姿に脳内変換されてしまう。
教育実習生の時から付き合っている彼女で、今は、自分の可愛い生徒でもある。
彼女を初めてこの腕に抱いた時の様子が脳裏を過る。
いつも強気な彼女が恥ずかしそうに顔を赤らめ、触れる度に敏感に反応する体、必死に声を抑えようとする姿に、どれだけ欲情させられたか。
もっといろんな顔が見たい、もっと感じている声を聞きたい…
彼女の秘めた扉を、無理矢理にでもこじ開けたくなる衝動に駆られる。
(うわ、ヤベ…)
本格的に想像しだすと、体にまで反応が現れる。
これでは、ますます眠れなくなってしまう。
普段の彼女の控えめな微笑と、乱れた彼女の艶色を帯びた表情が、交互に彼の頭に浮かび上がる。
―――あれから、3ヶ月。
彼女とは夏休み中に幾度か逢っただけで、今はもう2学期が始まり、11月初旬頃になる。
何せ、2人の関係は決して誰にも知られてはならないのだから、大っぴらに会えない。
初めは、彼女が卒業するまでは手を出すまいと心に誓っていた。
しかし、自分を受け容れようとしてくれた健気な彼女の前に、その誓いはあっさり砕けてしまう。
たった一度交わっただけなのに、彼女の温もりが、感触が恋しくてたまらない。
むしろ、たった一度だけだというのが、彼女の肌の温もりをより一層甘美な記憶と思わせているのかもしれない。
彼女が在学中の間、自分自身を律しようと思ったのは、それに溺れてしまうのが怖いという思いがあったのだが、既に手遅れなのかもしれない。彼女の体を知って、もっと欲してしまっている。
英里は、より絆が深まったという事に満足しているようで、あれ以来一度も関係を持ちたいと言い出した事はなかった。
あまり、感情を表に出さない彼女の気持ちがわからない。
とはいえ、自分自身から求めすぎるのも…。
圭輔は、また寝返りを打って、仰向けになると、ぼんやりと天井を見上げた。
そんな事を考えていると、昂ぶった欲望が少しだけ治まったような気がした。
その頃には、隣の矯声もいつの間にか止んでいた。

「ふぁぁ〜……あー、ねむ……」
翌朝、睡眠時間が足りず、少々寝不足気味の圭輔が欠伸交じりに玄関のドアを開けると、ゴミ出しに行ってきた帰りの隣の奥さんとばったり鉢合わせしてしまった。
「あ、長谷川さん、おはようございます」
「……おはようございます」
爽やかな笑顔を向けられ、圭輔はやや引き攣った笑みを浮かべて、挨拶を返す。
あの時の声が聞こえる分、ほとんど面識はないが少々気恥ずかしい。
柔和な笑みを湛えて、とても朗らかな印象を受ける女性だった。
(こんな清純そうな顔して、夜はあんな大胆に…っておいおい)
朝っぱらからまたもや教育者らしからぬ妄想に耽ってしまいそうになる不謹慎な自分を制止し、圭輔は自分の職場へと向かった。



すっかり季節は秋になり、肌寒くなり始めた。
相変わらず、上手い具合に後ろの窓際席を陣取っている端整な彼女の横顔が、教壇の方から授業をしている圭輔の視界の端に映る。
少しだけ、穏やかな表情をしている。
他人にはわからないだろうが、自分だけには彼女の表情の微妙な変化がわかる。
目元が、少し笑っている。
きっと、窓の外から見える、色づき始めた木々の紅葉を眺めているのだろう。
窓から吹き込む、少し冷たいが穏やかな風が、彼女の艶めいた長い黒髪を靡かせる。
水越英里は、誰にでも分け隔てなく親切に接し、何でもそつなくこなす典型的な優等生タイプ。そう言うと一見愛想が良さそうに聞こえるが、他人とはしっかり一定の距離を置き、決して深くは関わらず、時折冷めた瞳を見せる、そんな子だ。
眼鏡の奥に翳って見える彼女の本当の瞳の輝きを知っているのは、たぶん校内では彼くらいのものだろう。未知な部分をまだまだ持ち合わせている彼女に、付き合い始めて1年半経った今でも惹かれ続けている。
…ふと、英里が圭輔の方に顔を向けた。
というより、今は授業中なのだから、本来はちゃんと正面を向いているべきなのだが。
視線が合っても大して変化を見せず、圭輔は話し続けていたが、英里が一瞬、にこりと微かに微笑んだと思うと、すっと手を挙げて涼やかな声でこう告げた。
「…先生、問2の解答、間違ってます」
「えっ」
彼は黒板を慌てて振り返ると、確かに、最後の計算式で明らかにミスをしている。
「…すみません」
教室中に、くすくすと笑い声が巻き起こる。
それを起こした張本人である彼女の視線は、既に窓の外に向けられている。
(ったく、相変わらずだな…)
素知らぬ顔で、頬杖をついている英里に、圭輔は溜息混じりに苦笑を漏らしつつも、つつがなく授業を再開した。すぐに笑い声も収まり、教室中には彼の落ち着いた声だけが響く。
そんな失態を犯しても、半ば好意的に迎えられるのが彼の人柄というか、それだけ生徒に好かれているという証だろう。
教師としての彼は、朗々とした、耳に心地好いよく透る声に穏やかな雰囲気を持ち、新任にしては堂々とした態度で授業に臨んでいる。
そして、すっきり通った鼻梁に切れ長の涼しげな目元…そう、彼はかなりの男前なのだ。


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