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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第1話-6

土日と休みを挟んで、長谷川圭輔が教育実習生として過ごす2週目の月曜日が始まった。
もう、圭輔と英里はお互いに無関心・不干渉のつもりでいた。
特別に親しくもしないし、逆に、必要以上に避けたりもしない。互いにとって空気のように、透明な、いてもいなくても同じといった存在。
―――そうは思っていても、一度絡んだ縁の糸は、そう簡単に解けるものでもないようだ。互いに深く絡まり合う事が、まるで必然であるかのように。
その日、外はどしゃぶりの大雨だった。
傘を持っていない英里は、靴を履き替えた後、真っ暗な曇天を鬱々とした気分で見上げる。
いつも用意が良い彼女にしては、珍しい失敗だ。
「天気予報で雨が降るなんて言ってなかったのに…」
遅くまで図書室に残っていたので、一緒に帰る知り合いもいない。
待っていてもすぐには止みそうにない。仕方なく、英里は傘も差さずに雨の中へ駆け出した。
その頃、ちょうど帰るところだった圭輔は、校門を出たところで、ずぶ濡れの英里の姿を目に留めた。
もう、彼女に関わらないと自分自身に誓ったはずだ。だが、必死に目を背けようとしても、気になって仕方ない。
「水越さん!」
車を止めて、彼女に声を掛ける。複雑な感情が渦巻きながらも、何故だか看過できなかった。
「…長谷川先生?」
雨粒に濡れた睫毛を瞬かせながら、英里は振り向いた。
彼女の素顔を初めて見て、圭輔の心は思わず高鳴る。
レンズが水滴に濡れてしまうと、裸眼の状態以上に周りが見えなくなってしまうため、眼鏡を外していたのだった。
圭輔は自分自身が濡れるのも構わず、車から降りると、英里の側まで近付いた。
「そんなに濡れたら、風邪引くぞ」
「平気です、家はすぐですから、気を遣わないで下さい」
元々、それまで多く言葉を交わしたわけではなかったが、久しぶりに交わした会話だった。
英里は気まずいのか、圭輔とは微妙に視線を合わさないようにそう言った。遠慮するというよりは少し迷惑そうな口調だった。
「それならなおさら家まで送ってってやるから」
「本当に大丈夫ですって」
彼とはいざこざがあったので、やはり気まずさが残る。
ぼやけた視界が、英里の不安を煽る。彼は今どんな表情をしているのだろう。
「それに、もうどうせこんなに濡れてるし今更変わらない…」
「いいから乗って」
こうやって口論している間も、互いの体は強い雨に打たれ続けている。
それでも拒否しようとする英里の言葉を途中で遮り、圭輔は助手席のドアを開くと、半ば強引に彼女を車に乗せた。
「…今のって、他の人が見たら拉致されてるのと勘違いするかも…」
問答無用で車内に押し込められた英里は、相変わらずのクールな口調でぼそっと呟く。
英里のその言葉に、圭輔の表情が若干強張る。
「だ、大丈夫だよ。もしそうなったら説明すりゃ…」
「私が誘拐されかけたって証言するかもしれませんよ?」
ちらりと、上目遣いに意味ありげな視線を向ける。
「うっ…」
何となく、この子は言いかねない…ますます、運転席に座る圭輔の顔が引き攣る。
「ふふっ、言いませんよ。先生の顔…可笑しい…」
不意に、隣の助手席から控え目な笑い声が漏れる。
あの時彼女が見せた皮肉っぽい微笑とは違う、自然に微笑んだ顔を初めて見た。思わず、圭輔は彼女をまじまじと見つめてしまう。
「私に関わらないでって言ったのに…」
「こんな大雨の中、濡れて帰ってる生徒見たら、誰でもほっとけないだろ」
「そうですか…」
裸眼で視界が不明瞭なせいか、英里は遠くを見つめるかのようにぼんやりと圭輔の方に視線を向ける。
英里に自覚はないが、視界がはっきりしている圭輔からすれば、大して離れていない距離で真っ直ぐな視線を注がれていて、俄かに胸が騒ぐ。
「すみません、先生まで濡れてしまって」
そんな彼の心境などお構いなしの英里は、おもむろにスカートのポケットからハンカチを取り出し、水分を含んでいない事を確認すると、圭輔の顔に腕を伸ばしてそっと拭う。
目があまり見えず、少ししかめっ面になっている英里の顔が、圭輔の近くにある。
雨に濡れてぴったりと張り付いたセーラー服が、彼女の体の線を浮かび上がらせていた。
そして、彼の視線はいつの間にかうっすらブラジャーが透けている彼女の胸元に…。
ハッ、と我に返って、慌てて圭輔は視線をそこからずらした。
(な、どこ見てんだ、俺は!…でも、痩せてる割に結構大き……って違う、違う!!)
「俺は、別にいいから。それより先に自分の体拭いとけよ」
自分の不躾な視線が彼女に気付かれていないことを願いつつ、圭輔は平静を装いながら車のエンジンを掛け直す。
「座席まで濡らしちゃって…ごめんなさい」
「あぁ、いいよ、気にしなくて」
今までと比べて、いやに素直な反応をする英里を見ていると、やはり根はいい子なんだな、と圭輔は少し彼女に対する認識を改めた。
それから、しばらくの間無言だったが、英里がおずおずと話を切り出した。
「あの、この前はありがとうございます」
「…何が?」
「図書室で、先生に絡まれてた時…」
英里は話しづらそうに呟くと、顔を曇らせた。
「俺は、何もしてないよ」
「いいえ、すごく助かりました」
雨に濡れて体温が下がっているせいか、青白い彼女の辛そうな横顔は、より一層悲愴感が増しており、圭輔はそれ以上詮索しようとはしなかった。わざわざ傷を抉るような事をする必要もない。
また、狭い車内を沈黙が包む。雨の勢いはますます強くなっていた。
静かな車内で時折、運転席の男性を横目で見ながら、英里はふと疑問に思う。
まだ出会って日が浅い人に、自分がこんなに気を許したことはあまりない。
特に、教師(彼はまだ志望だが)なんて一番大嫌いな分類の人間であるはずなのに、不思議な気分だった。
「先生…」


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