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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第1話-5

ドアを開くと、図書室の奥のカウンターには、やはりあの少女の姿があった。
カウンターの奥の椅子に腰掛け、その片手には文庫本を手にしている。
だが、この場に居たのは彼女だけではない。もう1人、男性教師の姿があり、2人で会話を交わしているようだった。
まだこの高校に来て日が浅く、彼とは関わりのない教師で、誰かはわからないが、30代半ば頃のここでは比較的若い教師のようだった。
英里はいつもの優等生らしく、静かな笑みを湛えて、教師の話に相槌を打っている。
遠目にだが、圭輔の目には彼女が迷惑がっているように映った。口元は微笑んでいるのに、目は笑っておらず、表情が硬い。
その教師が英里の腕に触れ、彼女の表情が一瞬険しくなるが、すぐにまた不自然な笑みに戻った。
必死に、取り繕おうとしている様子が、傍目にもありありとわかる。
ドアに手を掛けたまま、黙ってその様子を眺めていた圭輔は、踵を返して職員室に戻ろうとした。だが、何故かこの場から離れられない。不可解な気持ちに困惑する。
自分の出る幕ではない、放っておけばいい。特に、あの娘は自分にとって厄介な相手だ。これ以上の面倒事に巻き込まれてはたまらない。
頭ではそう思いながらも、体は無意識に行動していた。
当の二人は自分の存在にまだ気付いていないようだ。
中に入ると、手近な本棚から適当に本を引っ張り出し、圭輔はカウンターにゆっくりと近付きながら、声を掛けた。
「すみませーん、この本借りたいんですけど〜…」
妙に間延びした声が、放課後の静かな図書室内に響く。わざとらしいかもしれないが、あからさまに何かに気付いたような素振りを見せた方が、疾しい事をしている相手を疑心暗鬼に陥らせて都合が良いのではないかと思った。
案の定、その教師は驚いたように圭輔の方を振り向くと、慌てて英里から手を離す。それから何か彼女に耳打ちした後、足早に去って行った。
ドアの付近ですれ違いざまに、その教師は圭輔に対して何か言いたげな、僅かな敵意のようなものを込めた瞳で睨み付けたが、彼は相手を一瞥したのみで、まるで意に介さなかった。
そんな2人の様子を、少し呆けた表情で、英里はカウンターから見つめていた。
圭輔も、彼女の方に視線を向ける。英里は慌てて、ぱっと視線を外し、気まずい様子で、
「…外部の方は借りられないんですけど」
「いいよ、わかってるから」
そう言って、圭輔は手に取った本のページをめくりながら、カウンターの方へと近付いてくる。
英里は不審そうに、圭輔の行動を見守っていた。
2人きりの図書室。彼が近付いてくる度に、彼女の心臓がドクドクと波打つ。
まだ、寒気がおさまらない。弱みを見せてはいけないのに。悔しげに、目を伏せる。
圭輔は、手にした本を読んでいるふりをしつつも、彼女が先程の教師に触れられていた部分を片方の手で押さえていて、指先が微かに震えているのを、横目で見つめる。
ぱらぱらと数ページ繰るが、やはり彼には全く興味のなかったジャンルの本のようで、すぐに表紙を閉じた。
「さっき、何かあった?」
まだ本の表紙を見つめたまま、圭輔は問い掛けた。
「いえ、別に…」
英里も俯きがちにそう答えたが、弱々しい声音から何かあったのだろうと容易に想像できた。しかし、深く立ち入るような間柄ではない。特段、彼女を助ける理由もない。
「そうか」
それ以上追及せずに、圭輔は簡潔に返事をした。
「先生こそ、何か用事でも?」
今度は、英里が尋ねた。瞳が少し、不安げに揺れているのを隠せていなかった。
圭輔は、あくまでそれに気付いていないふりを装い続けて、話を切り出した。
虚勢を崩された彼女の、こんな様子を目の当たりにしたのは初めてだった。
「この前の事、だけど」
これ以上、彼女の瞳を見ると、自分では制御できない感情に突き動かされそうで、圭輔は視線を合わさずに、そう言うと、
「案外しつこいんですね」
抑揚のない冷めた英里の声が聞こえる。
「余計なリスクは軽減したいだろ」
返す刀で、圭輔も同じ位感情の込もっていない声で返答する。
こんなに至近距離で会話しているにも関わらず、互いの視線は交わらない。
「心配しなくても誰にも言いふらしたりなんてしませんから。言う事を聞いてくれるっていうなら、そうですね……これ以上私に近付かないで下さい」
「…。」
圭輔は、無言で口を引き結んだ。
まるで、子どものわがままだ。ここまで自分の心を乱しておいて、今度は何も無かった事にしろと言う。
そんな児戯にまんまと踊らされてしまった自分自身も、まだまだ未熟だったという事だ。
何らかのきっかけで、彼女と奇妙な縁という糸が一瞬絡まったが、それは簡単に縒り合わせただけのものだったようで、一つになるまでには至らなかった。あっけなく解けてしまう。
「……そうだな、これで俺も安心した」
様々な感情を押し込めて、圭輔はいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
本を元あった場所に返すと、結局一度も英里と目を合わせないまま、図書室を後にした。
がらんとした図書室内に、ようやくたった1人となった英里は、大きく溜息を吐いた。
先程の教師には、何度もしつこく家まで送ると誘われていて、困惑しきっていたところを、偶然現れたとはいえ、あの教育実習生に助けられた。
教師と生徒という立場の違い上、強い抵抗もできない自分自身の歯痒さに、英里は強く下唇を噛む。
その力を分かっていて振りかざしてくるあの人間にも虫唾が走る。
―――教師なんて、大嫌いだ。
真面目な仮面の下に、どんな素顔を隠しているのかわからない。
全員がそうだとは言わないが、少なくとも英里が今までに遭遇してきた教師で、人間性まで尊敬に値するような人物はいなかった。
不快感を全身に纏いながら、英里は図書室の戸締りの準備をするために、ゆっくりと立ち上がった。


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