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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第1話-4

翌日の放課後、英里は図書室にいた。
彼女は学級委員長であると同時に、図書委員でもある。
貸し出しカウンターに座り、読みかけの本を開こうとしたその時、目の前に人が立つ気配を感じた。
顔を上げると、カウンターの前に長谷川圭輔が静かに佇んでいた。
「…先生、何か本を借りられるんですか?」
昨日のことでも問い詰めにきたのだろう。溜息混じりに英里は問う。
「いや、別に」
「なら、そこに立たれると他の人の迷惑なのでどこか行ってくれません?」
口調は丁寧だが、明らかに邪険にしたような言い草だった。
普段、図書室にほとんど生徒はいないので、特に邪魔になどなってはいない。
単に英里は圭輔が目障りだったのだ。
恐らく、昨日の事を蒸し返されるのだろう。問い詰められたところで自分でも理解不能な行動を取ってしまったのだから答えようがないし、謝る気も更々なかった。彼の中での自分の印象など、良かろうが悪かろうがどうだっていいのだ。
「水越さんに用があるから」
「…昨日のことですか?」
「わかってるんなら話は早い。何のつもりか知らないけど、今後一切ああいう事はやめてほしい」
「ああいう事って?」
「そ、それは…」
年上の圭輔の反応は、英里よりもよっぽど純情のようだ。
顔を少し赤らめて、必死に答えようとしているが、なかなか二の句が継げない。
そんな彼を見ると、英里はますます困らせてやりたくなった。
「もしかして、キスするの初めてだったんですか?」
「…答える…義務はないだろ」
苦々しくそう口にすると、眉を顰めながら視線を外す。
英里には圭輔の反応が面白くてたまらない。
「まさか、そんなはずないですよね。先生、格好良いから慣れてそうですし。でも、私はするの初めてだったんですよ。ファーストキスの相手なんて重いでしょ?」
「…。」
「私が先生に無理矢理キスされたなんて言ったら、きっと問題になりますよね。皆が私と先生の言い分、どちらを信じるか試してみましょうか?私、皆を騙し通すくらいの信頼は十分築いてきたと思ってますけど」
英里はにこりと微笑みながらも、脅すような内容を彼に突きつける。
「俺を…どうしたいんだ?」
途中からずっと無言だった圭輔が口を開いた。
明らかに怒気を孕んだ声音だったが、今更、英里もこれくらいで怯むわけにもいかない。
あくまで優位は自分、彼女にそぐわない、傲岸ともみえる態度で目の前の男と対峙する。
「そうですね…。私の言う事、きいてくれます?そしたら、私と先生はただの教育実習生とそのクラスの生徒って関係のままです。表向きは」
しばし、圭輔は返答をためらっていたが、半ば諦めたように呟く。
「わかった、言う通りにするよ」
英里は余裕たっぷりに微笑を浮かべて圭輔を睨み付け、そのまま彼が図書室から立ち去るのを見届けた。
彼の姿が完全に視界から消えた後、英里は思わず大きく溜息を零した。
慣れない演技でどっと疲れが全身に圧し掛かる。それに、自分で招いたとはいえ何だか面倒な事になってしまった。
きっと、彼は何も言わず、うやむやな態度で2週間やり過ごすだろうと思っていたのだが、真っ向からくるとは予想していなかった。
つい、その場の成り行きで言う事をきけなどと口走ってしまったが、正直、何もしてもらいたいとは思っていないし、何も思い浮かばない。
彼の先程の様子なら、高圧的な態度に出てきたり、無理矢理口封じをしたりする事などはなさそうだと思うが、これ以上関わらない方が無難だろう。
英里は、何事もなかったかのように手元の本を開いて、ページに目を落とした。
―――同じく、ドアを閉めた後、圭輔は深い溜息を吐いた。
英里の印象は、教室ではいつも物静かで目立たない生徒というものだった。
…しかし、あの夕暮れ時から、英里の印象は一転する。
それと同時に、圭輔は英里に惹かれていた。
決していい印象ではないにもかかわらず、だ。
風になびく彼女の艶やかな黒髪、端整な横顔、茜色に染まった空間に圧倒的な存在感で佇むその姿は、まるで一陣の風のように自分の心も攫っていったのだ。

私の言う事に従え、そう言ったがあれから2日、彼女は何も言ってはこなかった。
それどころか、圭輔と接触しようともしない。
廊下ですれ違っても、無愛想な顔付きでぺこりと頭を下げるだけだった。
それなのに、何故、自分ばかりが彼女を見ているのだろう。
授業中でも、いつもぼんやりと窓の外を眺めている、彼女の横顔を時々見つめてしまう程に。
漆黒の感情を読ませない瞳。もっと、彼女の本質に触れたくなるような…。
(ったく、何考えてんだよ、ガキ相手に)
我に返った圭輔は、再びレポートの作成に取り掛かる。
教育実習も5日過ぎた金曜日の放課後、職員室の与えられたデスクで、彼は教育実習のレポートを書いていた。
担当は数学で、自分で難解な問題を解くよりも、相手に理解してもらえるようにわかりやすく説明する方が何倍も困難である事を痛感していた。その上、あのわけのわからない少女の存在が頭の片隅に常にあって、なかなか文章がまとまらない。
すっかり煮詰まってしまった圭輔は、大きく伸びをした。気を抜いた拍子にまた浮かび上がる、あの少女の顔。
手元にある学級名簿を目で追うと、彼女の名前のところで視線が釘付けになる。
(水越英里……2年5組・出席番号35番・学級委員長兼、図書委員、と)
得られる情報はこれ位しかない。
作業も遅々として進まず、気分転換をしようと、圭輔は立ち上がる。
真っ先に思い浮かんだ場所は、図書室だった。
そこならば、彼女に会えるかもしれない、そんな予感がした。
疎んじられているというのに、会ってどうするというのだろう。自分でもわからない。
それでも、彼の足は自然に図書室へと向かっていた。


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