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『望郷ー魂の帰る場所』
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『望郷ー魂の帰る場所ー第一章……』-2

帰り道の途中、今日の真冬について宏行は考えていた。何かおかしい……それが最初に頭に浮かんだ台詞である。授業中はおろか、休み時間でさえも真冬はただ一点を見つめていた。最初は寝ているのかと思っていたが、そうではなく心ここにあらずといった感じで虚ろな眼差しをしていたのである。

「じゃあ、また明日。」

真冬の言葉に我に返り宏行があたりを見回すと、いつの間にか別れ道に来ていた。

「ま、真冬!」

背を向け歩き出す真冬を宏行は呼び止める。が、振り返った真冬にどう言葉をかけたらいいのか分からず、口ごもったまま伸ばしかけた手をゆっくりと降ろした。

「なあに?宏行……」
「あ、あのさ……その……また明日……」
「うん…」

小さく頷き、真冬は帰っていった。佇む宏行を残したまま……


「あたし……変だ。」

自宅に戻って鞄を投げ出すと、制服のままベッドに倒れ込んで真冬は呟いた。

ここ数日、何かがおかしい……体がダルいし疲れが抜けない。正直言って登下校すら辛い。自分自身、そんな疲れる様な事をした記憶もないのにどうして?今だって目を開けている事すら奇跡に近い……真冬はそう思った。猛烈に襲って来る睡魔に瞼が下がる。

しかし、おかしいと感じたのはそれだけではない……何度か眠さを堪えきれず制服のまま寝てしまった事があった。けれど、決まって朝になるとパジャマに着替えている。着替えた記憶など無いし第一、夕方から朝まで眠って疲れが取れないなどと言う事があるのだろうか?

「あ……ダメ。また眠っちゃう……ダメよ…ダメ……」

自分の体に起きている異変に、言い知れぬ不安を抱(いだ)きながら抗(あらが)えぬ眠気に真冬は目を閉じてしまった。


翌日、宏行は授業を受けていた。いつもと変わらぬ教室の光景、ただ一つを除いて……。宏行の視界に写る空席。

「あいつどうしたんだろう?昨日、様子が変だったし……」

空席の主、真冬は今日学校を休んでいた。担任の話では体調を崩したので2、3日休ませますと親から連絡があったらしい。今日、帰りに寄ってみるか……。そんな事を考えながら宏行は小さな溜息をついた。


「ごめんなさい。真冬、今誰とも会いたくないらしいのよ。」

放課後、真冬の家を訪れた宏行に真冬の母、真弓はそう告げた。

「そう……ですか。具合悪いみたいだし、仕方ないですよね。すみません、突然来ちゃって。」

すまなそうに話す真弓に、そう言って軽く頭を下げると宏行は真冬の家を後にする。そんな宏行を二階の窓からカーテン越しに見つめる人影があった。青白く、やつれた顔色の真冬である。わずか一日で何故これほどまでに?と思えるくらいに、その顔は焦燥しきっていた。

「ごめん……宏行…」

震える声で真冬は漏らすと、再びカーテンの向こうに姿を消した。

「あいつ、まだ具合悪いのかなぁ……」

あの日以来、真冬とは会っていない。音信不通のまま三日が過ぎてしまい、足取りも重く学校へ向かう宏行の背後から、駆け寄る足音が聞こえるとともに明るい声が響いた。

「おはよ!宏行。ひどいよぉ、黙って行っちゃうんだもん。」
「ま、真冬!体、大丈夫なのか?」

おそらく走って来たせいであろう、真冬は肩で息をしながら少しだけ顔をしかめると、にっこりと笑った。

「うん!もう平気だよ♪ごめんね心配かけて……」

宏行の目の前、そこにはいつもと変わらずに微笑む真冬がいた。
(体は大丈夫なのか?)
(何があったんだ?)
矢継ぎ早に、そんな質問が頭をよぎる。しかし宏行はグッと言葉を飲み込んだ。元気になってくれた、それだけでいい……そう思いながら小さく溜息を付く。

「宏行、早く行かないと遅刻しちゃうよ?」

そんな宏行の気も知らず、悪戯っぽい笑みを浮かべて真冬は鞄をコツンとぶつけた。

「へいへい」

両手を広げて肩を竦(すく)める宏行のいつもの癖。そんな仕草をした後に、地面に置いていた鞄を抱えると宏行は颯爽と駆け出す。

「さっさとついて来ないと置いてくぜ?真冬」

突然走り出す宏行に、一瞬呆気に取られたものの、我に返った真冬は慌てて後を追った。

「あっ!待ってよ宏行……あたし、昨日までは病人だったのよ?もうちょっとこう、何て言うの?優しく……って聞いてんの?コラーッ!置いてくなぁ!!」

ぶちぶちと文句をこぼしながら、真冬も走り出した。

「なぁ、お前の相方…いつにもましてよく喋るよな……」

休み時間ごとに、女友達と機関銃の様に喋りまくる真冬を見つめて、彰人は呆れた顔で呟いた。実際、彰人が言う様にここしばらくの鬱屈を晴らすかのごとく真冬は喋っている。

「ま、いいんじゃないの?元気になったんならさ。」

軽く肩をすくめて宏行は笑った。そう、いつも通りの日々に戻ったんだ。心の中で宏行は呟く、不安を吹き飛ばす様な真冬の明るい笑い声につられて静かに微笑んだ。


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