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比重
【悲恋 恋愛小説】

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-1

 八月の末の土曜日、やっと男が現れた。
 から揚げと冷奴、サラダと味噌汁をちゃぶ台に出すと、「暑いのにから揚げなんて揚げてくれるんだな」と気遣ってくれた。
 しかし、会社を解雇される事を告げると、あざ笑うかのような顔で言い放った。
「あんな小さな会社で解雇されるなんて、どんなダメ人間だよ。誰だってできる仕事だって、お前言ってただろ」
 男の事が気になって仕事にならない、なんて言ったところで、人のせいにするなと叱られて終わるだろうから、黙っていた。
 スカイは暑さにもめげずに二本の止まり木を行ったり来たりしている。
 時々、誰にでもなくピチクリと一人喋りをする。
 自分はシャワーを済ませ、男がシャワーを浴びる水音だけが浴室から響いていた。
 時折、男の鞄の中から低い振動音がする事には気づいていたが、男は私の前で携帯電話を操作しなかった。
「今日は先にビールを呑もうかな」
 シャワーからあがってビールを呑んだ。それからセックスをした。いつもとは違う行動に、少し動揺した。
 もしかして、他の誰かといる時はいつもこうして――消極的な思考は排除せねばと己を律した。
 翌朝男は帰って行った。
「来週また来るから」
 そう言って。
 玄関を出るとすぐ、鞄のポケットから黒い携帯電話を取り出して、何やら操作をしていた。誰に、何の連絡をしているのか。


 一週間後、男は来なかった。
 夕飯はチャーハンとスープだった。これもまた二日に分けて食べた。
 それから二週間して、解雇となった。
 すぐにハローワークへ行き、失業保険の申請手続きを行った。
 手続きの書類を書いていると、隣のブースで作業をしている中年の男性に話しかけられた。
「依願ですか、解雇ですか?」
 解雇だと伝えた。
「今の時代、若い人でも解雇されちゃうんだねー。私なんて、もうこれで三回目ですよ、解雇」
 私は当たり障りのない顔で、頷いて話を聞いた。
「嫁さんと子供を食わしていかないといけないからね。仕事してないと駄目なんですよ」
 五十代かと思われるその男性は、右目の下にほくろがあり、すぐに顔を覚えてしまった。
 ハローワークに手続きに行く度に、彼を見つけると会釈をした。
「どうです、仕事は見つかりました?」
 手続きに来ている時点で、仕事は見つかっていないのだが。社交辞令だろう。

 不眠が気になり、心療内科を受診した。
 医者は淡々と私の症状を聞き、暫く「うーん」と唸った後、「抑鬱状態と、不眠症という所ですかね」と言って、処方箋を出した。
 安定剤と抗鬱剤、睡眠導入剤だけで一か月分、袋に一杯だった。
 次の仕事に就くまでに、少なくとも睡眠だけはとれるようにしなければ。
 その晩、就寝前に薬を何種類も並べて飲んだ。
 睡眠薬には苦い味が付けられていた。これをオーバードーズして自殺するなんて事は、まず出来ないな、と思った。
 その日は久しぶりに、一時間もしたら眠気が訪れ、朝まで眠る事が出来た。

 昼間はまだ少し暑い日もあるが、だんだんと秋の色が濃くなってきた。
 日が暮れるのは早いし、日の出は遅い。昼間が短いという事だ。
 ハローワークを訪れ、とある会社の事務仕事を斡旋してもらい、面接を受ける事となった。
 事前に電話で、心療内科に通院している事を先方に告げると、「それはちょっと」と面接を受ける前に断られてしまった。
 それから何度か、中年男性と顔を合わせ、近況を報告するようになったが、両者とも芳しくなかった。
 男性は、奥さんと子供がいると言った。私には扶養する家族はいない。
 今は、食べていけるだけの稼ぎでいいんじゃないだろうか。
 来年の四月には男が出向から戻り、結婚の準備に入るのだから。それまでの繋ぎ。
 求職条件を「正社員」から「パート」まで広げる事にした。


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