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比重
【悲恋 恋愛小説】

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-1

 一週間後、男は現れなかった。
 きっとまた仕事なのだろうと、気に留めなかった。
 しかし、その一週間後も来ない。連絡も無かった。
 その度に作った二人分の鯖の味噌煮を、二日掛けて一人で平らげた。

 ゴールデンウィークが明けた頃、男はここに来た。
「年度頭は忙しいんだよ。今日はサバ味噌かぁ」
 そんなに仕事が忙しいのかと訊くと、腹を立てたように声を荒らげる。
「忙しいんだよ。何だ、他に理由でもあると思ってんのか?」
 重い女だと思われないために、それ以上追求しなかった。
「スカイに餌やっていいか?」と言うので、餌が入った缶を渡した。
「また一週間後に来るからな」
 スカイに向かってそう言ったのを聞き、私は安心した。
 そして男に、身を委ね、夜が更けた。


 一週間後、また男は現れなかった。
 仕事が忙しいと言っているのだし、それ以外に理由がない。
 毎週土曜が来る毎に、二人分の食事を作った。
 それを一人で、二日に分けて食べる事が三回続き、結局男が現れたのは、しとしとと雨が降り続く六月。前回から一ヶ月が経過していた。
 なるべく恨み言は言わないようにしているが、つい口に出てしまう。
「何だよ、忙しくても来てやってんだよ」
 そう強気な態度で返されると、ぐうの音も出ない。
 カレーライスをちゃぶ台へ運ぶと、子供の様な笑顔になって口へとカレーを掻き込む。
 雨が続くと空気が淀むので、掃き出し窓を開ける。外気が流入し、スカイがピチピチと反応する。
 外が、恋しいのか。
 シャワーを済ませ、すぐにエアコンをつけると、掃き出し窓を閉めた。
 湿気の抜けた部屋で、男に抱かれた。
 一週間後に来るからなと言って、翌朝男は去って行った。


 務めている事務用品販売会社で、書類の校正や経理、物品補充まで幅広く仕事をしている。
 何かの仕事を終える毎に、自分の印鑑を押す。
 最近は男の事が頭を占め、仕事に身が入らない。
 こうして紅色の印鑑を押す数も減っているような気がする。要は、仕事をこなす数が減っているという事だ。
 こんな小さな会社でも、自分を正社員として雇ってくれている事に感謝せねばと思い、少し気持ちを引き締める。

 結局男が来たのは、七月の半ばだった。
 気が早い蝉が鳴き始めている。そんなに急いても、一週間後には、死ぬのに。
「向こうじゃ大きい七夕祭りをやってたよ」
 男は無邪気にそう言い、韓国風冷麺をすすった。一ヶ月と少し、私は土曜になるとこの冷麺を食べ続けた訳だ。
 その事を少し口に出すと、またドヤされた。
「新幹線代だって掛かるんだからな。少しは考えて物を言えよ」
 私は黙って冷麺をすすった。毎週食べていた、冷麺。でもこの男と食べると、何でも美味しいと言う事は、口には出さないが本心だ。
「お前と見たかったな。大きな七夕の飾りがあってさ」
 遠い目をしながら男は私に話して聞かせた。セックスを終え、梅酒をロックで飲んでいる時だった。
 男は私の身体に腕を回し、髪を撫でた。
 この男が居ない世界など考えられない。肩に回る手の温もりを覚えた。


 仕事をしていても、男の事が気になって上の空になる。確実に、こなす仕事量は減っている。
 パソコンの画面を見ても、そこに映らないはずの男の顔が見える。
 一週間後、やはり男は来なかった。
 蝉たちは、夜になっても鳴き止まず、抑えきれない繁殖衝動に駆られているにしても、耳について腹立たしい。

 日中は仕事に身が入らず、夜はなかなか寝付けない。
 やっと眠りに落ちたと思ったらすぐに朝が来る。辛い。
 眠気を背負ったままで仕事をするので、集中も出来ず、ミスを連発した。
 上司に「これじゃバイトの山田さんの方が正社員向きだ」と指摘された。
 上司に何と言われようと、連日の睡眠不足は否応なしに身体を不調へと向かわせ、パソコンの前で居眠りをしてしまったり、立ちくらみで暫く倉庫内に座っていたりした。

 一週間後、やはり男は来なかった。
 土曜日は毎回汗をかきながら、から揚げを揚げ、冷奴とサラダ、味噌汁を作り、二日に分けて食べた。
 家にいても、テレビを見るでもなくぼーっとしていて、何も手につかない。
 たまりにたまった洗濯物を干しても、途中で休憩をはさまないといけない位、怠い。

 次の土曜日もまた、男は来なかった。
 会社の事務所内では、私が奇行に走っているだの、鬱病だのという噂が流れているのを、知っていた。
 実際そうなのかもしれない。鬱病かも知れない。男の事しか考えられない。
 今何をしているのか。誰と一緒にいるのか。今週は来るのか。
「目に見えて君の決済印が減ってるんだよ、分かってるか?」
 上司に苦言を呈されても、反論できる材料が皆無だ。
「あと三週間待ってやる。それでも改善出来なかったら解雇通告を出さざるを得ないから」
 あと三週間の間に、男はやってくるだろうか。
 私は上司の話に了承し、あと三週間、給与に見合った働きをしようと試みたが、ダメだった。
 男の事ばかりが頭を掠める。頭から男が消え去ると、睡魔が襲う。
 夜になると目が冴えてしまい、男の事を考える。
 朝方に眠りにつくとすぐ、目覚まし時計が鳴る。

 結局三週間の間に男は来なかった。
 毎週土日は、から揚げと冷奴を食べ続けた。
 解雇通告が出され、一か月後に私は会社都合で失職する事になった。
 もう八月も残り数日となり、ひぐらしが少し涼しくなった夕方を音で覆い被せる頃だった。


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