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花火
【女性向け 官能小説】

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花火大会の夜-1

「葵、何食べる?」

毎年恒例、地元の花火大会。
メイン会場周辺に立ち並ぶ屋台に食料調達に出かける。
今年もオレの隣には、マリコさんに浴衣を着付けてもらった幼馴染の葵がいるが、上の空。

***

…最近の葵は何かヘンだ。

『今年も行くだろ?』

数日前、そう声をかけた時も例年ならテンションの高い返事が返ってくるのに

『今年は…まだちょっとわかんない』

と曖昧な返事をした表情もなんとなく元気がない。

『やっぱり陽平と一緒に行く』

そう言ってきたのは今朝で、泣きはらしたような目が気になった。

…あのウワサは本当なんだろうか?
【葵に年上の彼氏が出来たらしい】
そんな寝耳に水の情報をくれたのは、久しぶりに会った高校の同級生だった。
なんでもラブホからスーツを着た30代のオッサンと葵が出てくるのを観た、というのだ。

『陽平も知らないってことは見間違いかなぁ』

オレの本心を知るその同級生は気をつかってかそう言ってくれたけれど。
怖くて本人に尋ねられないチキンな自分に腹が立つ。

***

「葵?」

どこか遠くをぼんやり眺めている葵の名前をもう一度呼ぶ。

「え?あ、あぁごめん。何?」

「何、じゃなくて。何食べたい?とりあえずお好み焼きと焼きそばとイカ焼きは買ったけど」

「陽平の好物ばっかりじゃん」

そう言うとようやく葵らしい笑顔を見せてくれた。

「葵がボーっとしてるからだよ。調子でも悪いのか?」

「そんなことないよ。私たこ焼きと焼き鳥食べたい。あと…」

「りんご飴だろ?どうせ食いきれなくてオレに押し付けるクセに…葵?」

葵の足が止まる。
まっすぐ前を見つめているけれど、さっきまでの笑顔が一瞬で消えた。
葵の視線をたどると1組の家族連れ。
驚いた表情で葵を見つめる男。
葵は何も言わずにその男に向かって歩き出し、オレは慌ててその後を追う。

「こんばんは、偶然ですね」

「村山さん。浴衣だとやっぱりイメージ違うな。わからなかったよ」

どことなく余裕がなさそうな、挙動不審、とまでは言わないけれど引きつった笑顔の男。
葵も笑っているけれど、今までに見たことのない表情をしている。
男に挨拶したその声も、普段とは違ってどこか冷たく、トゲがあるような気がした。

…もしかして、コイツがウワサの?

どうするべきか。
一瞬迷った隙に、足元から無邪気な声がする。

「パパぁ。このおねーしゃん、だれぇ?」

男の足に絡みついた、浴衣姿の小さな女の子。

「こんばんは。おねーさんはパパと一緒にお仕事してるの。葵って言います。お名前は?」

女の子の目線にあわせるようにしゃがんだ葵がいつも通りの笑顔で女の子に話しかける。

「ゆなー」

「そっか。ゆなちゃんは何歳?」

「3さーい」

人懐っこいゆなちゃんに若干救われたような気がした、と思ったのだが。

「石田さんにこんなに可愛いお子さんがいらっしゃるなんて知りませんでした」

すくっと立ち上がった葵が笑顔で男に向かって言い放つ。

…葵、怖いって。
 目、笑ってねーぞ?

曖昧に笑う男は石田というらしい。

「葵ちゃん、ゆなね、おねーしゃんになるんだよー」

ゆなちゃんが葵に話しかけ、葵は再びしゃがんでゆなちゃんに視線を合わせる。

「お姉さん?」

「うん!ママのお腹の中ね、赤ちゃんいるの」

ゆなちゃんの後ろ、確かにお腹が若干膨らんだ女の人がにこやかに葵に向かって会釈する。

「そっかー、いいねー」

ゆなちゃんの頭を撫でると立ち上がり、葵も会釈を返す。
そんな様子を見つめていた石田氏がオレの存在に気づいたらしい。
石田氏の表情の変化に気づいた葵が振り返ってオレを見る。

「バイト先の店長の石田さん」

男をそう紹介した。
仕方なく頭を下げたオレに、石田氏は余裕が出たらしい。

「村山さんもこんなイケメンな彼氏がいたなんて初耳だよ」

「すみません、隠してて。陽平よかったね。イケメンって言ってもらえて」

…いや、葵。
 ソコ違うだろ。
 彼氏じゃないって反論するところだろ?

子供の頃からいっつも一緒で。
高校の頃とか「彼氏?」とか「彼女?」とか聞かれるといつも全力で否定してたクセに。
でも。
傷ついたような表情をしている葵を見たらそんなツッコミを入れられるワケもなく。
どうやってこの場から引き剥がしてやれるか考える。

「パパぁ、お面買いに行こう?」

ゆなちゃんの無邪気な声が響いて、石田氏も助かったような表情をした。

「じゃぁ村山さん、また明日」

「はい。ゆなちゃんまたね」

ゆなちゃんにだけは、いつもの笑顔を見せてその場から離れていく石田一家を見送った。
石田一家の姿が見えなくなった瞬間、葵の顔から表情が消えたような気がした。

「たこ焼きと焼き鳥買いに行くぞ」

「…りんご飴も」

「あぁ」

かろうじてそう答えたものの、無言になってしまった葵の手をひいて歩き出す。
子供の頃みたいだ。
母親のマリコさんとケンカしても、泣きはしない。
無言で自分の中の感情と戦っている葵を、公園まで迎えに行っては手をひいて自宅へ連れ戻すのが、隣の家に住むオレの役目だった。
葵の希望通り、たこ焼きと焼き鳥、それにりんご飴を買い来た道を戻る。
会場周辺の混雑した場所で見るよりも、少し離れるがウチの裏手にある高台の公園から見たほうが落ち着いて見えるのだ。


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